1-11

 作戦室から自室に戻ってベッドに直行する。

 憶測交じりではあるが、色々なことが一気に判明した。

 希望的観測ながら良いこともあって、俺の不安は一つ解消された気分である。

 問題はここエデンのきな臭さ。

 人間余裕がなければ何をするかわからない。

 この世界の人類は既に追い詰められているからこそ、英霊召喚という別世界への干渉すら行うまでに至っている。

 そこにどのようなリスクがあるかはわからないが、これが尋常ならざることであるくらいは想像がつく。

 実際、軍隊と戦える個人という英雄が何人もいるという異常な光景を見ているのだ。

 国を滅ぼしたとする逸話を持つ者や、まだ目にしていないがそれ以上にやばそうな奴まで存在している。


(そんな連中を呼び出すのに必要なものが電力とかエネルギーだけ、ってのも違和感があるんだよな)


 呼び出しているのは魂だそうだが、概念的にはわかるがその領域に到達できる技術云々はさっぱりわからない。

 わからないからこそ不安がある。

 結局のところ「本当に大丈夫なんだろうな?」と聞いてみるしかなく、その答えがYES以外にないことくらい聞かなくてもわかる。

 リソース云々の話にしても何処まで信じてよいかがさっぱりわからない。

 俺のようにゲームのキャラが召喚される前例でもあれば、ここまでうだうだと考え込むことはなかったと思うのだが……幾らデータベースにアクセスして調べてみても、似たようなケースすら見当たらないのでは不安にもなる。

「なるようになるしかない」というのは好みではないが、やるしかないのが現状である。


「逃げる場所すらない。文字通りの追い詰められた鼠が猫に噛みついているのがこの世界の実情か」


 データベースでデペスに関する情報を閲覧しているのだが、見れば見るほど「よく滅亡してないな」という感想しか出てこない。

 飲み込まれた都市を有効活用して増殖体制を整え、それを継続できるように調整しているとか何の冗談だろうか?

 最早人型ではない知的生命体か何かと疑ってしまう。

 おまけに寄生した人間の脳から情報を抜き取るとかホラーものの創作物でも見ている気分になる。

 それでいて寄生個体の強さは弱いものでも重火器を搭載した兵器クラス相当とされており、大型や特型と呼ばれる飛行タイプに至っては「空中要塞かよ」と言いたくなるようなふざけたスペックをしている。


(特型に至っては全長3キロメートル越えが当たり前。バカみたいな威力の火砲が大量にあり、尚且つ長射程で精密な射撃もしてくる。こいつが飛行してるとかバカじゃねぇの?)


 ゲームのラスボスかよ、と言いたくなるような性能だが……過去に五度撃破済み、というこっちはこっちでヤバイ戦力。

「怪獣大決戦か何かかな?」と本当に自分が必要なのかどうか疑わしい情報がどんどん出てくる。

 最初に戦うのが小型だけ、と聞いていたので中型以上の事前情報は今まで見ていなかったが……戦う前に閲覧していたら諦めていた可能性もあったかもしれない。

 英霊召喚が始まってから既に四百年以上が経過しており、戦う前から戦意を削がれるような些細なミスはないようにしているだろうが、戦力とならない英霊に対してはどうだろう?

 これまでの情報から優しいものになるとは思えない。

 なので俺としては早めに次の戦闘に出て、良い武器をアンロックしたいと思っている。


(結局、問題は良い武器が引けるかどうか。要するにガチャだよなー)


 一度は衰退したガチャ文化だが、未だにしぶとく残って何処かで爆死を呼んでいる。

 最近はゲーム内リソースで回せるガチャの方が主流だが、それでもやっぱり爆死はある。

 エロスキンのために回すのは最早人類の性。

「抗うことはできんのだよ」とかつての爆死を思い出し、遠い目をしたところで呼び鈴がなった。

「プー」とも「ポー」とも聞こえる呼び鈴というには慣れない音だが、誰かが訪ねてきたのは間違いない。

 職員の誰かか、と思ったがレイメルという可能性もある。

 俺はベッドから起きて扉を開けに向かう。

 まだ操作になれていないのでカメラで誰が来たかを確認するのはまた今度だ。

 そんなわけで扉を開ける。


「こんにちは! あなたがスコール1ね!」


 元気よく挨拶をしてきたのは十代半ばから後半くらいの美少女。

 俺は「ああ……」とだけ返して相手の姿をまじまじと見つめる。

 その恰好を一言で言えば踊り子。

 サンバとかアラビアンナイトを彷彿とさせる露出度が非常に高いファンタジーな踊り子衣装である。

 短めの明るい緑色の髪と青い瞳の美少女がこんな格好をしているのだから、それはもうついつい見てしまう。

 スタイルも見た目の年齢にしては良く、十分に目の保養になる素晴らしさだ。


「意外としっかり見てくるのね!」


 明るく元気な笑顔で「スケベでよろしい!」と何故か肯定された。

 そこで思い出した。

 初日の柱で俺と同じ二桁の数値を叩き出した踊り子である。


「……何の用だ?」


 俺が成長できることを鑑みれば実質最弱攻撃力のこの踊り子。

 はてさて、一体何の用件でここに来たのやら?

 そう言えば作戦室でもこの緑の髪は見かけた記憶がある。

 となればやはりレーションか、とあの争奪戦で見なかったことを思い出して胸ポケットに手を伸ばす。


「あなたは武器を具現化するのよね?」


 レーションを取り出したところで手が止まる。

 どうやらこれが目当てではないらしいが……それはそれ、とばかりにこっちもねだられる。

「お、結構いける!」とあっという間にチーズ味を一本完食。

 好みが分かれる味だが、好きな人は好きなので箱ごと渡してやる。

「お話が終わったら食べさせてもらうよ」と満面の笑みで受け取ると本題に入るために一つ咳払いをした。


「君の具現化した武器ってさ、他の人でも使える?」


 その質問で何を求めているかを理解できた。

 考えたことはなかったな、思わず感心してしまう。

 彼女からすれば藁にも縋る思いなのだろうが、正直に言うと俺にメリットがない。

 仮に貸出ができたとして弾薬をどうするのか?

 弾薬が無限の武器など存在しないし、近接武器にもエネルギーを消費するものばかりである。

 最低Tierの近接武器ならば無制限に使えるが、それでも壊れる心配はあるし、それ以前に攻撃力が低すぎて使い物にならない。

 とは言え、試すだけなら価値はある。


「……考えたことがなかったな。試してみるか?」


 美少女の踊り子が「お願い!」と元気にお返事。

 多分いい子なんだな、と最近少し心が軽くなったような気分になる。

 こっちに来てから気が安らぐことなんてなかったので、彼女のような悪意のない清涼剤は大変助かる。

 無邪気に戦闘糧食を頬張る彼女を見ながら訓練場へと移動する。

 その最中に彼女のことを呼ぼうと思ったのだが、名前が出てこない。

 聞いた覚えがそもそも抜け落ちていたので改めて名前を聞いた。


「僕の名前は『エリッサ』だよ。精霊の愛し子……なんだけど、こっちの声を聞いてくれる精霊様がいないんだよね、ここ」


「ああ、それで実力を発揮できないわけか」


 レイメルと同じパターンだな、とこっちで本領発揮できないのは元居た世界に大きく関係している場合が多いのだろう、と英霊召喚の欠陥に眉を顰める。

 また無機質な廊下がお気に召さないのか、エリッサは「歩きやすいのはわかるんだけど木造はないのかなー?」と不満を漏らしている。

 やはり精霊というのは自然物に宿るとかそういう感じなのだろうか?

 そんなことを考えていたのだが、どうやらただの好みの問題らしい。


「精霊との意思疎通はまず精霊様の声を聞くことから始めるんだけど……ここはなんか変なんだよ」


 色々と話をしていくうちにエリッサの能力についての話になった。

 精霊の声を聞く力がある者を「精霊の愛し子」と呼び、その言葉を聞くことで何を求めているのか知ることができる。

 人と精霊、互いに求めるものがあり、それを与え合うことで共存してきた一族であるとエリッサは自らの出自を語る。


「声が聞こえないわけじゃないんだよ。聞き取りにくい、というよりまるで理解できないんだ。獣にだって鳴き声に意味がある。でもここは何か違う」


「国や人種が異なれば使う言語も違ってくる。世界が変わったのだから精霊の言葉も違うというわけではないのか?」


 俺の言葉にエリッサは少し考えた後に首を横に振った。


「多分違う。呼びかけも使ってみたけど、返ってくるのは気持ち悪いイメージばかりなんだよ」


 何かしらの謎があり、それが何なのかさっぱりわからない。

 エリッサはこの問題の解決には時間がかかると判断し、こうして戦うための手段を求めて俺を訪ねたのだと明かした。


「そういうことなら協力は惜しまない。だが、上手くいくかどうかはわからんぞ?」


「それは仕方ないよ。正直、僕自身戦えるかどうか不安なんだ」


 そもそも戦ったことなんてないし、と衝撃の事実をさらっと言うエリッサ。

 思わず「え?」と声を漏らしてしまったが、その理由をエリッサは淡々と語る。


「だって、僕は基本的に精霊様にお願い聞いてもらうだけなんだから。戦闘なんて精霊様任せだよ?」


 驚きの事実に思わずエリッサを見て目が合う。

「それでどうやって英雄と呼ばれるようになったんだ?」と顔に出てしまったのか、答えを言わせてしまった。


「それは多分……最後のお願いで精霊様を宿したからだと思う」


 自身に精霊を宿らせることで、エリッサの肉体を使わせて戦ってもらったそうだ。

 肉体を持たない精霊に自分という器を与えることで、自然災害に匹敵する力を振るうことが可能となり、それはもう暴れに暴れたらしい。


「あの時はもう『これしか皆を守る方法はない!』って思ってやっちゃったけど……終わった後の光景を見たら早まったとしか思えなかったよ」


 沈んだトーンで話すエリッサだが、その後に「結局、体が崩壊して死んじゃったし」と自分の死を軽く付け加えた。


「メシュテエラの人もたくさん殺しちゃって、その後どうなったかはわかんないけど……」


「皆上手く逃げられたかなぁ」と故郷を懐かしむように天井を見上げる。

 空に浮かぶ太陽ではなく、四角いライトが照らす彼女を見て、俺は「英霊と呼ばれる以上、どんな人にもそれ相応の理由があるのだな」と小さな英雄を見る。


(俺にはない。ここに呼ばれるだけの理由が……)


 もしかしたら俺は不具合か何かで混ざってしまった異物なのだろうか?

 自分が死んだ理由を語りながらも明るく元気なままのエリッサ。

 それに比べて俺はその話を聞いて不安を覚えている。

「器が違うなぁ」と心の中で感心し、不意にエリッサの頭を撫でてみる。


「どうしたのー?」


「何でもない」


 俺に何ができるかはわからんが、この少女のために少しは役に立ってみようと思うくらいはいいだろう。

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