第2話 世間を賑わすAI小説

 「……またか」


俺はスマホの画面を親指でなぞりながら、ため息交じりに呟いた。


液晶に表示されているのは、どこかのネットニュースの記事。


 『衝撃!国内小説ランキング、ついにAI作家がトップを独走』


 『ここまで来た!AIは人間の仕事を奪うのか?』


という、ここ最近よく見る扇情的な見出しが躍っている。


画面には、ブックストアの週間ランキングが大きく映し出されている。


記事によれば、謎の新人作家


 『石腕せきわんボトム』


のデビュー作が、発売からわずか一週間でトップに躍り出たらしい。


 『巧みな伏線、美しい情景描写、心を揺さぶる人間ドラマ。』


記事に引用された書評は、どれも手放しの絶賛ばかりだ。


   * * *


 「いやぁ、すごい時代になりましたねぇ!」


テレビの中で、人の良さそうなコメンテーターが興奮気味に声を張り上げた。

昼下がりのワイドショー。

画面には、ブックストアの週間ランキングが大きく映し出されている。


 「 一説によれば、大手IT企業が開発した最新AIだという噂も……」


司会者が面白おかしく煽る。

ゲストの文化人然とした男が、腕を組んで頷いた。


 「まぁ、文章に魂が感じられない、という批判もありますが、

  エンターテイメントとして非常によく出来ているのは事実ですね」


魂、ねぇ。


俺は冷めたコーヒーのようなものをすすりながら、画面を睨んだ。

魂を込めて書いたところで、誰にも読まれなきゃ意味がない。


押入れに眠っている、出版社から送り返されてきた原稿の束を思い出し、

胸がずしりと重くなる。


   * * *


 「どうせ、過去の名作を切り貼りしただけだろ」


負け惜しみだとわかっていながら、悪態が口をついて出る。

真っ白なままのワープロソフトを開いて、もう何時間も経っていた。

ひねり出した言葉はどれも陳腐で、書き出しの一行すら定まらない。


俺は苛立ち紛れにワープロソフトを閉じ、

ブラウザの検索窓に向かってマウスを動かす。


 『小説 執筆AI』


検索結果には、様々なAIサービスの名前がずらりと並んでいた。

胡散臭いものから、いかにもプロ仕様といったものまで。


俺はしばらくそのリストを眺めていたが、やがて自嘲気味に笑った。


 「……試してみるか。その『天才』ってやつが、どれほどのものか」


俺は一番上に表示された


 【 執筆AI:文豪くん 】


のボタンを、ほとんどヤケクソでクリックした。


   * * *


ダウンロードされたアプリをクリックすると、

画面はシンプルなチャット形式のインターフェースに切り替わった。


画面の向こうから、タイプライターのような音と共に、

古風な明朝体の文字が浮かび上がる。


 『待っていたぞ、迷える子羊よ。

  我こそは、言葉の海を統べる者、執筆AI【文豪くん】である。

  さぁ、汝の望む物語を語るがよい』


 「……うわっ、キャラ濃いな」


思わず声が漏れた。

ヤケクソな気分が、一周回って少しだけ面白くなってくる。


俺はニヤニヤしながら、キーボードに指を置いた。

どうせなら、一番ベタなやつで、この偉そうなAIの実力とやらを試してやろう。


 「よし、ジャンルは『異世界ファンタジー』。王道で頼む」


俺は最低限の指示だけを打ち込んだ。


 『ふむ、異世界ファンタジーとな。

  よろしい。

  では、私の神髄を見せてやろう。

  刮目せよ!』


次の瞬間、俺の目の前の画面を、凄まじい速度で文字が埋め尽くしていく。

それは、魔法もドラゴンも存在する、剣と冒険の世界。

平凡な高校生が女神に召喚され、勇者として魔王討伐の旅に出るという、

まさに王道中の王道の物語だった。


 「……すげぇ。本当に書きやがった」


完璧な文章、そつのないプロット。

俺が何日もかけてひねり出す一行を、

このAIはで紡ぎ出していく。

感動と、それ以上の嫉妬が胸の中で渦巻く。


夢中で読み進めていくうち、俺はふと、ある一文に指を止めた。

彼が異世界に飛ばされた最初のシーンだ。


 〝異世界に飛ばされた彼を包み込んだのは、

  雨に濡れたのむせ返るような匂いだった。〟


 「……ん? ?」


ファンタジーの世界にそぐわない、場違いな単語。

俺は首を傾げた。


 「まぁ、AIはリアリティがないなぁ……」


異世界で存在しないアスファルトを入れてしまうあたりは、

AIのようなものだった。


俺がそう独りごちて、次の指示を考え始めた時だった。

画面に、まるで俺の呟きに答えるかのように、新たな一文がタイプアウトされた。


 『汝の指示が大雑把すぎるのだ。

  世界の隅々まで創造せよと言うのなら、それ相応の設計図を寄越したまえ』


その、どこか不機嫌さを感じさせる、

しかし妙に筋の通った反論に、俺は一瞬言葉を失った。


言われてみればその通りだ。

「王道で頼む」では、情報の絶対量が足りない。


よりリアリティのある設定で書かせるためには、

やはりしっかりとしたプロンプトを考える必要があるみたいだ。


こうして俺は、プロンプトを練りながら、

文豪くんに小説を書かせることにした。

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