【石川の報告書004】

【資料番号:04】

作成者:不動産管理会社セルヴィ 管理担当 石川

日付:2025年10月29日


一、異常の進行

10月29日。203号室での通常観測中、影(田島氏?)が「明確な意思を伴う物理的操作」を試みた。

最初は空調の科zの流れによる偶発的な揺れかと思われた布団が、まるで誰かが内側に滑り込んだかのように“沈み”、その直後に微細な振動が走った。外部刺激は確認されず、窓も施錠状態で風の侵入はない。


続いて、観測者石川の手に握られていたスマートフォンが、突然弾かれたように床へ落ちた。映像解析の結果、落下の瞬間、影がこちらを凝視したまま「腕を振る」動作をしており、スマホの軌道と完全に同期していた。


照明スイッチも勝手に点灯・消灯を繰り返し、室内の明暗サイクルが影の動きと共振するかのように乱れた。

観測者本人は当初、疲労による錯覚を疑ったが、録画データとの一致を確認したことで錯覚でないことを認めざるを得なくなった。

影の存在は、録画と現実の双方に干渉できる段階へ進行したものと判断される。



二、物理的接触の増加

同日、午前0時15分。影が部屋のドアに近づき、ドアノブに触れるような動作を見せた。

ただの静止画のような揺らぎではなく、はっきりと「握り」「回そうとする」意志を持った動きである。

そして、金属部の摩擦音を伴い、ノブはわずかに右へ回転した。


石川が気配を察知して接近すると、影は後退。しかし、後退しながらも目線だけは石川に向けたまま離れない。不自然なほど距離と角度を保ち続け、観測者を“認識”しているように見えた。


この時、映像上で影の顔が初めてはっきりと正面を向き、歪んだ笑みを浮かべた。

元の田島氏の表情を模倣したものか、それとも録画を参照した偽物の微笑なのか判断できないが、「知覚されること」を楽しんでいるような印象を与える。


【石川メモ】

笑っている。でも、あの笑いは誰かの癖をコピーした“借り物”のように見える。

実在しないのに、どこかで見た人間のようで、親しみのある気配すらする。



三、同期の変化

観測が進むほどに、影と観測者の動作の同期が深化している。

特に録音機器やスマートフォンに触れる場面では、観測者がボタンに指を伸ばした瞬間、影が同じ方向へ手を伸ばし、わずかな遅延の後で観測者本人の手が強制的に押し込まれる感覚を訴えている。


録音データには、明らかに観測者本人の声質を持ちながら、本人が発していない囁き声が混入している。

「開けて……」

その声は壁や扉の外部ではなく、観測者の“すぐ背後”あるいは“室内の中心”から聞こえるように記録されており、音源定位が通常の録音特性から逸脱している。


観測者の身体動作にも異常が出始め、意志とは無関係に手が機器に触れ、録音を開始するなどの行動が発生。

同期はもはや模倣段階を越え、“主導権の奪取”に近づいている。



四、異常現象まとめ

現時点で確認された現象は以下の通り。


・映像・音声・現実空間の境界を超えた同期現象;。

影は録画中でも現実でも、同じ挙動と効果を持つ。

・観測者への行動模倣および強制

石川の動きを先取りするように動作し、最終的に石川の身体を“誘導”する形跡が見られる。

・声の混在と音源の錯乱

人間の定位感覚を撹乱し、録音と現実の区別を崩壊させる。

・物理操作の本格化

ドアノブや照明、布団など、固定物や生活用品に対する直接干渉が急増。


以上の事例から、影は単なる“現象”ではなく、環境全体の構造に干渉しうる段階に達している可能性がある。



五、心理的圧迫

石川は観測開始日の比ではない強い心理負荷を訴えている。

特に「部屋の中央に立つと、正面から覗き込まれるような圧」を一貫して感じ、影は画面の中でも視界の端でも常にこちらを見ているという。


録音を止めても声が消えず、むしろ静けさの中で増幅する傾向がある。音として聞こえるというより、耳の奥に直接触れてくるような感覚で、思考と混ざり合い境界が曖昧になる。



【石川メモ】

僕の手が動かされる。スマホを持つ手が勝手に録音を始める。

影はいつも“待っている”だけに見えるのに、恐怖よりも期待しているような……誘われている感覚すらある。

自分は現象を観測する立場でありながら、すでに「観測される側」に変わりつつある。



六、物理侵入の前兆

午前1時、床に出現した“湿った足跡”が本件の決定的な変化である。

足跡は田島氏の実寸と一致しており、室内の温度変化を伴わず突発的に形成された。

触れると冷たく、まるで水場から歩いてきた直後のように湿度を持っている。


足跡はベッドの周囲を取り囲む円形配置で残されており、観測者を閉じ込めるようにも、あるいは“中心に立つことを促す”ようにも見える。


同時刻、録音データが自動再生を開始。

その声は囁きとも叫びともつかない中間音で、単語として識別できないが、強い呼吸音と共振しており、石川によれば「耳元に直接吹きかけられた感覚」に近いという。



【石川メモ】

現実に侵入してきた。いや、最初から部屋にいたのかもしれない。

僕の行動も、視線の動きも、すべて把握されている。



七、結論(調査報告管理者より)

203号室における現象は、すでに録音・映像・現実の区分を超えた“同期現象”として成立しており、空間的制約に依存しない。

影(田島氏?)は環境操作を可能としており、さらに観測者の行動や意思へ干渉し始めている。


観測者である石川の自由意志の低下、認識の混乱、感覚の侵食が進行しており、現在のまま観測を継続した場合、影が室内環境に留まらず、観測者の認知構造そのものに影響を及ぼす可能性が高い。


今後の調査には、

・石川の退避

・室内の封鎖

・録画・録音媒体の隔離

が最低限必要と思われる。


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