第2話 捨て猫を拾った
「お風呂沸かすから入っちゃって。着替えは用意しとくから」
「でも……」
「このままだと風邪引いちゃうよ。濡れた服着たままなのも良くないし、脱いで」
「え、うん」
あれ、思いの外素直。
……人前で裸になるのに抵抗が無い、とか?
いやいやいやいや、まさか……
「脱いだ」
「え、あ……」
なにこれ。
めちゃくちゃ痩せてる。暴力を受けた痕跡が無いのは良かったけど、身体の方は肋骨が浮き出るくらいガリガリだ。
仮に暴力が無くても、こんなになるまで放っておいたんなら立派な虐待だ。
「どうしたの?」
「いや……タオルに包まっといて。すぐに沸くから」
「ん……」
ちょこんと所在なさ気に座る。
何を聞けばいいんだろう。
何かを聞くべきなのかすらも分からない。
思えば言葉遣いも悪いし、箸も使えてなかった。
まともな教育を受けさせて貰えなかった感がありありと伝わってくる。
「……あ、お風呂沸いたよ」
「ん……」
お風呂場まで誘導するけど、まだ少し躊躇ってる様子。
「お風呂って、分かる?」
「うん」
「石鹸やシャンプーの使い方とかお湯の出し方は……」
「せっけん、しゃんぷー……」
「……一緒に入ろうか」
言い淀んだだけで実際はどうか分からない。
ただ、この子が何を知っていて何を知らないのかも……分からない。
最初ぐらいは付きっ切りで面倒を見るぐらいが安心出来る。
自分も脱いで、この子のタオルを剥ぎ取って風呂場へいざなう。
「じっとしててね」
座らせて、シャワーでお湯をかける。
「んん〜……」
温かいお湯が心地良いのか、女の子は目を細めてされるがままになっている。
それが猫っぽくて、可愛いと思わされる。
「じゃあシャンプーするから、目をギュッて閉じてて。
良いって言うまで開けちゃダメだからね」
髪についた汚れを落としながら泡立てていく。
黒髪は艶を失っていて枝毛も多い。
「痒いところない?」
「大丈夫」
「なら良かった」
力を緩めて揉み込むように洗っていく。
ようやく泡立ち始めたところで泡を流して、次にリンスをしてそれも洗い流し終えた。
次は体だ。スポンジにボディーソープを馴染ませて、骨ばった身体を擦っていく。
「ちょっと痛い」
「汚れてるから我慢して」
ここもしっかり洗わないと。
脇腹を洗うと、肋骨の凹凸が直に伝わって痛々しい。
背中と腕を洗って、最後は胸と脚。特に足首は細すぎる。
これで歩けるのが不思議なくらいだ。
「はい、終わり。お風呂入って」
「ん……ん⁉︎」
「熱い? 足首を入れて、慣れてきたら少しずつ深く浸かると良いよ」
「あぅあぅ」
お風呂の入り方も知らない? 久しぶりの熱いお湯に戸惑ってる?
今までの言動からするに、前者も有り得そうなのが怖い。
私も洗髪洗体を終える頃には肩まで使ってほわっとしていた。
浴槽の中で寄り添うように隣に浸かりながら話しかける。
「あったかい?」
「んー!」
「それは良かった。お風呂から上がったらご飯作るからね」
「お金持ってない……」
「お金は取らないよ」
「なのにご飯くれるの?」
「こうして拾ったからにはね」
「何もあげられないよ?」
「子供なんだからそんな事考えなくて良いの」
「子供じゃないよ」
「え?」
「18歳。18歳になったから出てけって言われて追い出された」
「そうだったんだ……」
ネグレクトされてて、成人扱いになったから放り出された?
やっぱりまともな教育は受けて来なかったんだろう。
そして、食事も禄に与えられてなかった。
背が低く、痩せ細ってるからもっと幼いと思ってた。
取り敢えず成人なら、こうやって家に連れ込んでもそう大きな問題にはならない、かな?
◇◇◇◇◇
「どうぞ」
「ん」
「こういう時は頂きますって言うの」
「いただき、ます?」
「そう、頂きます」
作ったのはチキンステーキ。ご飯と味噌汁。
食べたのが素うどんだけ、なら肉を食べた方が良い……という安易な考えだけど。
予め小さく切り分けて、フォークとスプーンを並べる。
女の子はフォークを握ってチキンステーキを突き刺し、口に運ぶ。
「美味しい?」
「んふぁ……」
口の中いっぱいに肉を詰め込んでモゴモゴしてる。ハムスターみたいで可愛い。
「慌てなくて良いからゆっくり食べて」
「ん」
女の子は食べる事に集中してる。
私が言った事が耳に入っているのかいないのか。
「けぷっ」
「全部食べたね。偉い偉い。で、さ。今更だけど名前教えてくれる? 私は吉岡 千紘。貴女は」
「……椎名 柚葉(しいな ゆずは)」
「柚葉、ね。ねぇ、柚葉。ここで一緒に暮らさない?」
「え……?」
あー、猫がこんな風に唖然としてる画像見た事あるなぁ。
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