第20話:『スポーツ新聞(ヤジ)』と『分析(スコアブック)』

「――『データ(数値)』で証明(ゲームセット)してもらいます」

エルミナの冷徹な宣告が、ギルドの喧騒(けんそう)を完全に凍りつかせた。

『Aランククエスト』。

『バルガスが失敗(エラー)した相手』。

『双頭の巨人(ダブルヘッダー)』。

「む、無理ですよ、エルミナさん!」

真っ先に我に返ったリゼッタが、カウンターに駆け寄ろうとする。

「わたしたち、やっとコボルドに勝てたばっかりで……! Aランクなんて!」

「おい、エルミナ、てめえ……!」

バルガスが地を這(は)うような声で凄(すご)む。

自分が失敗(エラー)したクエスト(試合)を、格下(ルーキー)の俺たちに回されたのだ。王者(チャンピオン)としてのプライドが許さないのだろう。

「これはギルドマスター(GM)の『特命(オーダー)』です。バルガスさん、異論があるなら、彼らが『失敗(エラー)』した後に、あなたが再度『挑戦(リベンジ)』すればよろしいのでは?」

エルミナは、Aランクのクエスト受注票(オーダーシート)を俺の前に滑らせた。

ギルド中の視線が俺に集まる。

嘲笑(ちょうしょう)、好奇、そして侮蔑(ぶべつ)。

「(どうせまぐれだ)」

「(Aランクとか死にに行くようなもんだろ)」

「(バルガスへの当てつけだ)」

「(慎吾、どうするんや?)」

ミーナが俺の顔を覗き込む。

俺は、震えるリゼッタの肩に手を置いた。

「……リゼッタ。お前は、コボルドの群れに『エラー』しないで切り込めた」

「え……」

「ルナリア。『緩急』でリーダー格の『読み』を外した」

「ガルム。『芯』でリーダーを粉砕した」

俺は、三人の顔を順番に見て、最後にエルミナに向き直った。

「その『データ(オーダー)』、受けさせてもらう」

「正気か、貴様!」

バルガスの怒声が飛ぶが、俺は無視した。

「ただし、条件がある」

「……なんでしょう」

「『双頭の巨人(サイクロプス)』に関する、全ての『データ(スコアブック)』を要求する。バルガスのチームが『失敗(エラー)』した時の記録(ログ)も、全てだ」

エルミナの目が、初めてわずかに見開かれた。

「……承知しました。作戦室(ミーティングルーム)へどうぞ」



翌朝。

俺たちが作戦室(ミーティングルーム)での徹夜の『分析(ミーティング)』を終えてギルドのロビーに出ると、そこは昨日以上の喧騒に包まれていた。

冒険者たちが、掲示板の一角に張り出された一枚の『新聞(かわら版)』を囲んで騒いでいる。

「おい、見たかよ、パティのやつ!」

「『エラーズ』改め『ピジョンズ』、Aランク挑戦だってよ!」

「マジかよ、あのバルガスがコケた相手だぞ!」

リゼッタが「あ……」と声を上げる。

その新聞の見出しは、デカデカとこう踊っていた。

> 【快進撃】『エラーズ』改め『ピジョンズ』、Cランク昇格!

> 次なる挑戦は王者(バルガス)が“エラー”したAランク巨人(サイクロプス)!

> 結成間もないEランク「エラーズ」改め「ピジョンズ」が、謎の『慎吾監督(マネジメント役)』就任後、奇跡の**急成長(ランクアップ)**だ!

> 関係者(エルミナ氏)のデータ(証言)によれば、リゼッタ(エラー娘)は、エラー率激減で『先陣(トップ)』役に定着!

> ガルム(大振り)は、以前の『大振り』を封印し、『精密攻撃(ミート戦法)』に開眼!

> ルナリア(魔力暴走)も、驚異の『魔力緩急(チェンジアップ)』で『戦況構築(アシスト)』に成功!

> 慎吾監督のいう『連携戦術』が、コボルド部隊(格下)相手に的中した形だ。

> しかし、次なる挑戦はAランク『双頭の巨人(ダブルヘッダー)』。

> 先日、王者バルガス率いる『アイアン・ブルズ』が、自慢の『パワー』で挑むも攻略失敗(エラー)した因縁の相手である。

> 「**連携(小細工)は『パワー』に勝るか」――ギルドマスター(GM)も注目の一戦(クエスト)**となることは間違いない。

> なお、慎吾監督は本紙の取材に対し「(今は次の『討伐(ゲーム)』に集中するだけだ)」と、クールにコメント(※筆者の想像を含む)。

> (ギルド・スポーツ 記者:パティ)

>

「…………」

新聞(ヤジ)を読み終えた俺は、こめかみを押さえた。

「(コメントなんぞしてないんだが……)」

「あ、あわわ……! わたしたち、ものすごい注目されてます……!」

リゼッタが顔を真っ赤にしてうろたえる。

「フン……好き放題書きやがって。『精密攻撃(ミート戦法)』か、悪くねえ響きだ」

ガルムは、存外まんざらでもない様子だ。

「(あのやかましい『ヤジ屋(きしゃ)』、仕事だけは早いわ)」

ミーナが呆れたようにため息をつく。

「慎吾さん、大変です!」

ルナリアが、新聞(ヤジ)の隅を指差した。

「『アイアン・ブルズ』も、同じクエスト(討伐)を再受注(エントリー)しようとして、ギルドマスター(GM)に却下(ブロック)されたって……!」

「(つまり、俺たちが失敗(エラー)するのを待っている、か)」

バルガスの、昨日の屈辱に歪んだ顔が目に浮かぶ。

『双頭の巨人(ダブルヘッダー)』。

昨夜、エルミナから受け取った『データ(スコアブック)』は、俺の想像を絶するものだった。

バルガスの『アイアン・ブルズ』ですら、その『パワー』の前に撤退(リタイア)を余儀なくされた、正真正銘の『格上』。

「(二つの頭……二つの攻撃(ピッチング)……なるほど、『ダブルヘッダー』か)」

俺は、昨夜のミーティングで書き込んだ、俺自身の『スコアブック』を強く握りしめた。

「注目されるのは、悪いことじゃない」

俺は、不安げなメンバーたちに向き直った。

「パティ(記者)の言う通りだ。俺たちの『連携戦術(小細工)』が、『パワー(格上)』に通用するか。証明(ゲームセット)しに行こうぜ」


俺たちは、ギルド中の好奇と嘲笑(ちょうしょう)の視線を背中に浴びながら、Aランクダンジョン『巨人の寝床』へと、確かな足取りで踏み出した。

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