第2話

 私とアルセーヌは"恋人"になった。恋人といっても、普通科の私と騎士科の彼では、必修以外の授業は別で、昼ごはんを一緒に食べるくらいの関係だ。


「今日はお弁当を自分で作ってみたの。お口に合うとよろしいのだけど。」


「え、ブリジットが作ってくれたの!うれしいありがとう!」

(貴族が料理なんて、分かりやすい嘘つくなよ。だまされないぞ。)


 せっかく恋人ごっこをするのなら、私は彼の理想の恋人になろうと思った。そしてそれは心が読める私とって、簡単なことだった。彼の好みは貴族令嬢らしい女性よりも、市井にいる普通の女の子。だから、派手に見えないように、化粧もヘアスタイルも極力ナチュラルにした。手製のこのお弁当だって、彼が平民のカップルを見て憧れているのを知って、作ってきたのだ。


 疑いながらも彼は一口、鶏肉を口の中にいれた。


「――このチキンのソテー、少し味が濃くないか?」


「すみません。慣れないもので、味を調整しようと思って調味料を足したら、少し濃くなってしまいました。お口に合わなければ残してください。」


「いや、今日はよく動いたから、このくらいがおいしい。ありがとう。」

(まさか、本当に作ったのか!侯爵令嬢の彼女が!)


 アルセーヌの顔が少し赤らんだ。よしよし。料理は諜報員の訓練で何度か作ったことがあったけど、どうせ自分が作ったと言っても信じないだろうから、わざと少し味を濃く作ったのだ。


「おーい、アルセーヌ!今日もブリジット嬢と仲睦まじいな。」


「ブリュノに、カミーユ!」

(お前らニヤニヤしていないで、何とかしてくれよ。俺が魔眼で殺されたらどうするんだよ。)


 彼らは騎士科の同級生。心の声曰く、三人で今年の騎士大会の成績を賭けたのだそう。そしてアルセーヌは運が悪く、優勝候補の一人と初戦で当たった。呆気なく負けた彼は、仕方なく私のところに"告白"しに来た。


 ――かわいそうなアルセーヌ。魔眼持ちのバケモノ女の恋人なんて。


「アルセーヌ、そうだこれ。最近の流行の劇の特等席だ。姉さんに婚約者と一緒に行けって渡されたんだけど、俺、この日どうしても行けなくて。チケットやるからブリジット嬢と行って来いよ。」

(『勇者と魔王』のチケットだぞ。魔王の眼を持つ女と、恐ろしい魔王の話を観に行くなんて実に滑稽だ。)


 魔眼持ちはみんな、特別な力を持っていても、細々と暮らしている。魔眼持ちが起こした事件なんて聞いたことがない。でも、これだけ他人の心の声を聴いていると、悪意には自然と慣れてしまった。だからどうとも思わない。


「まあ!私この劇、観に行きたかったんです。ありがとうございます、ブリュノ様。」


「礼はいいよ。行くぞ、カミーユ。」

(あの女、こっち見やがった。呪いとかかけてないだろうな。)


「おい、ブリュノ待てよ。」

(アルセーヌの奴、よくあんな女と一緒にいれるな。怖い怖い。)


 そんなに怖いなら、私に話しかけてこなければいいのに。アルセーヌがチケットを覗き込んだ。彼も劇の演目に気づいたみたいで、ゴクリと唾を飲んだ。


「――せっかくの初デートだし、他の内容の観劇にする?これは、確かに有名な劇だけど。」

(ブリュノの奴、悪趣味過ぎるだろう。仮にも魔眼持ちのブリジットとこれを観に行けなんて。)


「いいのよ。私、気にしていないし。」 


 アルセーヌが私の瞳を覗き込んだ。


「そ、そうか。嫌なことはちゃんと嫌って言ってくれ。騎士は鈍感な人間が多いんだ。」

(それにしても、こんなルビーみたいできれいな瞳、魔王の遺物だなんて、言われなきゃ分からないよな。)


 悪意には慣れているが、自然な好意を向けられるのは初めてだった。驚いて思わず目を丸くした。


(ブリジットの異能ってなんだろう。この瞳をきれいと思うなんて、もしかして"魅了"か。だとしたら、俺はとっくに術にかけられているのかもしれない。)


 マジマジと瞳を見つめるアルセーヌの心の声が聞こえてくる。……魅了ね。そんな便利ものを持っていたら、もっと生きやすかっただろうな。そう思って、小さなため息をついた。

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