嘘告されたので、理想の恋人を演じてみました

志熊みゅう

第1話

 私、ソレイユ貴族学園に通う侯爵令嬢ブリジットは、ある日の放課後、伯爵家次男のアルセーヌに校舎裏に呼び出された。真っ黒な髪の私と違って、金髪碧眼のアルセーヌはいかにも貴族然とした青年だ。確か騎士科だったはず。


「ブリジット嬢、ずっと前からお慕いしておりました。俺とお付き合いしてください。」

(ああ、変な賭けしなきゃよかった。どうして、俺が魔眼持ちに告らなきゃいけないんだ。)


 ……なるほど、これは“嘘告”というやつか。


 私は生まれつき、人の心の中が読める。これは持って生まれた真っ赤な瞳、"魔眼"の力だ。


 このソレイユ国の北部には昔、魔王の城があった。勇者が魔王を倒して、世界は平和を取り戻した。けれど魔王の魂は砕け、破片が国中に飛び散ってしまった。それ以来、魔王と同じ赤い瞳を持つ子が、ごく稀にソレイユ国に生まれるようになった。


  "魔眼"は魔王の能力の一部を受け継いでいる。私は人の心を読めるだけで大きなことはできないが、伝承では睨むだけで命を奪い、見つめるだけで人を服従させた者もいたと語られている。だから魔眼は人々から恐れられる。けれど同時に大事な国家財産として扱われ、各人の能力は重要な国家機密になっている。一目見ただけでこの赤い瞳は魔眼だと分かるのに、どんな能力があるのか分からないのであれば、余計に怖いだろう。


 平民だった私の両親は、幼い私をジャカール侯爵家に売った。みんな魔眼を恐れる一方、貴族であればどこの家でも魔眼の子を欲しがる。魔眼持ちであれば、例え平民の子であっても国に重用されるからだ。私を引き取った侯爵家の人たちは、私にきちんとした令嬢教育を受けさせてくれた。それは感謝している。でも私がちゃんと"家族"として扱われたことは、一度もなかった。学園卒業後はこの能力を活かして、国の諜報員として働くことが決められている。


 アルセーヌを上から下まで品定めするように眺める。顔立ちは悪くない。騎士を目指しているだけで体格も素晴らしい。おまけに、声もいい。この先、国の諜報員になる私が、恋愛ごっこをできるのも学生の間くらいかもしれない。これも何かの縁だと思った。


「はい、分かりました。アルセーヌ様、お付き合いしましょう。」


「ええ!」

 (相手は侯爵令嬢だし、自分から申し出たのに無下にできない。ど、どうしよう。ブリュノとカミーユ助けてくれ。)


 心を読むまでもなく、極度の緊張と焦りで、ぐっしょり汗をかいている彼を見て、にっこりと微笑んだ。ちょうどいい退屈しのぎだ。少し楽しませてもらおう。

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