エピローグ 白いクジラの約束
春の風が、町の丘を吹き抜けていく。
レンは、その風の中を歩いていた。
久しぶりの朝の光。久しぶりの、外の空気。
世界は、こんなにも明るかったのかと思う。
通学路の途中、桜の花びらが舞っていた。
道端で笑い合う子どもたち。
ふと、その光景が眩しくて、レンは立ち止まった。
――夢じゃない。
自分は今、ちゃんと歩いている。
小さく息を吸い込み、レンはもう一度前を向いた。
新しい学校へ向かう道。
胸の奥には、不安もある。けれど、その奥に、確かな光が灯っていた。
放課後。
丘の上にある海辺の公園で、レンは一人ベンチに座っていた。
目の前には、穏やかな海。
波の音が、まるで誰かの声のように優しく響く。
「……シロ。」
小さく呼ぶと、風が吹いた。
潮の香りの中で、空の雲がゆっくりと形を変えていく。
――それは、白いクジラの形だった。
大きく、ゆるやかに、空を泳ぐように。
レンは目を細め、微笑んだ。
「元気でいるよ。ちゃんと歩けてる。
だから……ありがとう。」
風が髪を撫でた。
その音が、確かに応えるように――
「――レン。」
声がした。
懐かしく、深く、海の底のような響き。
レンは涙をこぼした。
でも、その涙はもう、悲しみではなかった。
夕暮れ。
オレンジ色の空の下で、レンはスケッチブックを開いた。
真っ白なページに、鉛筆を走らせる。
描かれていくのは、一頭の白いクジラ。
その背に乗る、小さな少年。
「夢を、描いていいんだ。」
レンはつぶやく。
「夢は、終わるものじゃなくて、続けていくものだから。」
描き終えたページを見つめながら、ふと笑った。
どこかでミナが笑っている気がした。
アキトが、また筆を握っている気がした。
そして、遠くの空のどこかで――シロが泳いでいる。
夜が訪れ、星がひとつ、またひとつ、灯っていく。
レンは空を見上げ、最後に静かに言った。
「――さようなら、シロ。そして、またいつか。」
波の音が答える。
まるで、「また夢の海で会おう」と言うように。
――終章――
世界には、たくさんの“夢”がある。
それは、逃げ場所ではなく、出発点。
白いクジラは、今日も誰かの心の海を渡っている。
そしてきっと、あなたの夢の中にも――。
白いクジラと少年 無咲 油圧 @sora112233
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