ハロウィンのコスプレで熊の着ぐるみを着たら脱げなくなった件

山木 元春


 少し肌寒い風の吹く秋空の下、閑静な住宅街の狭間に位置する小さな公園に、おおよそ似つかわしくない光景が広がっていた。カウボーイと兵士と青年が、熊の死体を取り囲んでいるのである。


「ほら、とりあえず着てみろよ」


 カウボーイが青年に熊の胴体を指差した。それは実のところ精巧な着ぐるみであった。


「い、いやだよ。こんなリアル調の熊……」


 困り眉の青年は一歩距離を取った。


「わざわざお前のために用意してやったんだから有り難く受け取れよ、貧乏人」


 兵士の方がそう言いながら青年の尻を軽く蹴った。


「その言い方はないだろ」


 カウボーイが語気を強めて兵士を窘める。兵士はへらへらと笑った。


「でもまぁ、仮装パーティーに着ていく服がないっつうお前のためにこいつが用意してくれたんだ。受け取ってやれよ」


 とカウボーイは続けた。青年は口をへの字に曲げながらも


「わかったよ……」


 と納得を示した。


 彼ら三人は同じ学校のクラスメイトである。クラスの女子が仮装パーティーの企画を発案したのがちょうど一週間前。青年は、どうも人と話すのが苦手で、誘われたその場で断ることができず、参加する運びとなってしまった。青年の家は裕福ではなかった。彼は仮装などという娯楽に費やせる金を持ち合わせておらず、それゆえにパーティーの誘いを断るつもりでいたのだが、機を逸し、日を経るごとに言い出しづらくなっていってしまった。そこで彼が助けを求めて相談したのが、カウボーイだった。


 カウボーイは二つ返事で、自身の持つワイシャツとジーパン、サスペンダーを貸し与えると約束したのだが、その会話の場に偶然居合わせて、それでは面白くないと思ったのがこの兵士だった。


「おいおい、仮装パーティーだぜ?もっと良い、時事に即した流行りのもんを俺が用意してやるよ」


 と豪語し、現在……十月三十一日に至ったのである。


「これどうやって着るの」


 熊の着ぐるみは、本物と見紛うほどの質感をしていた。体表は綿やフェルトなどの繊維ではなく、太く長い毛の集まった毛皮に覆われていて、触れると肌がちくちくするほどだった。


「背中側がチャックになってる。まず足から入れろ。俺たちが胴の部分を持ち上げてやる」


 青年は兵士に従い、着ぐるみに足を入れた。両側からカウボーイと兵士が脇を抱えるように熊の胴体を持ち上げて、青年に腕を通させた。すると公園に半人半獣が生まれた。頭が人間、体がツキノワグマ、である。


「うわ、手でっか」


 熊の手は青年のものより一回りも二回りも大きく、湾曲した鋭い爪が生えていた。もちろんそれは害のないプラスチック製であるが。


「これじゃあなにも掴めないよ」


 そう嘆いた青年に兵士が、背中のチャックを上げながら答えた。


「分厚い手袋をしてるようなもんだ。細かい作業は難しいだろうが、何も掴めないってことはないだろう。必要ならこいつを頼れば良い。そのために呼んだんだからな」


 とカウボーイの背中を叩く。


「お前は手伝わないのかよ」


「この着ぐるみをここまで持ってきたせいで俺は自分の荷物を家に置いてくる羽目になった」


 最後に残った熊の頭の部分を両手で持って、その顔面を見つめながら彼は表情を強張らせた。「何度見てもリアルだな……」と小さく呟いた。


「だから、会場で合流しよう」


 兵士は熊の頭を青年に被せ、ポンと額を叩いた。熊の頭は威嚇するような表情をしていて、被ってみると、開け放たれた口からかろうじて外の世界を認識することができるようであった。


「アデュー」


 と兵士は去っていった。


「あいつ、なんか自分勝手だな」


 カウボーイが言った。


「……ん……」


 熊の中からくぐもった声がした。


「とりあえず、俺たちも会場に向かうか」


「……か……た……」


「悪い、その着ぐるみのせいか、めちゃくちゃ声聞き取り辛えわ。もうちょっと頑張って喋ってくれない?」


 カウボーイは笑いながらそんなことを熊に言った。


「……ゎかった」


 熊が言った。熊は、この時点でなんだか嫌な気分になりつつあった。ただでさえ人と話すのが苦手であるのに自分の声が周囲に伝わりづらく、手足もひどく不器用ときた。こんな姿で一体どうやって仮装パーティーを楽しめというのだろう。こんなのはみんなに面白がられるだけのピエロだ。いや、ピエロより自由が効かなくてタチが悪い。見せ物小屋の珍獣と言っても過言ではない。一体どうしてこんなことになってしまったのだろう。何度考えても、仮装パーティーを断れなかった自分が悪い。


 熊は「やっぱり帰りたいよ……」と呟いたがカウボーイには聞こえなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る