第16話 恋バナ
十一月って、気づくともう冷たい。
カーディガンの袖口が、朝の昇降口の空気に触れただけで冷やっとする。
息はまだ白くならないけど、肺に入ってくる空気が水っぽい。秋の終わりと冬のはじまりの間にある、体のほうが勝手にそろそろだよって身構える感じ。
「おはよー親友ちゃん」
さっちょんは、当然みたいな声で私の横にくる。
いつものように、靴箱の前で私の手を取って、手の平を挟んでくる。両手で。カイロの代わりみたいに。
「ちょ、朝から何、ここ人いる」
「人いるからだよ」
「その理屈なに」
「見せびらかし」
「やめな?」
「やめませーん」
声のトーンはいつも通りふざけてるのに、手はちゃんとあったかい。
十月のときは、繋いでしまった、繋がれてしまったっていう驚きがあったけど、今は「はいはい今日もそれね」みたいに体のほうが先に受け入れてしまう。そのスムーズさが、逆にちょっと怖い。
こういうことをするふたりが、日常に組み込まれるのって、こんな速いんだ。
周りの子が「あ〜またくっついてる〜」「はいはい親友ね」って笑って通り過ぎるたび、私は助かるような、刺されるような、両方の感覚になる。
助かるのは、親友だからで全部終わるから。
刺さるのは、その親友だからに、私たち自身もまだ逃げてるから。
教室に入ると、今日はやたら女子の声が高い。黒板の前に小さく輪ができてて、「やばい」「マジ」「それで?」が飛び交っている。恋バナの日の湿度だ。
「ねー聞いて! 告られたんだって!」
「サッカー部の斎藤くんでしょ!?」「マジ⁉ えっえっえっ」
「正門で待ってたんだって〜! なんかもうドラマじゃん!」
熱が一気に上がる。その熱に引き寄せられるみたいに、周りの子が集まる。
さっちょんも、吸い寄せられる。
「なになに〜うちの教室だけ恋愛ドラマ回?」
って、いつもの明るさで。
私は席にカバンを置きながら、教科書を出すふりをして耳だけそっちに向ける。こういうときの私はだいたい透明生物ムーブが得意。
「でさ、返事どうすんの?」
「え〜まだ考える〜はやくない〜?」
「でもさ〜あの子なら当たりじゃん? フツメン以上で部活やってるのは正義〜」
「雑な価値観やめてぇw」
笑い声が跳ねる。その笑い声の真ん中で、さっちょんも笑う。
その姿は、クラスの真ん中にいる“うちらのさつき”って感じで、めっちゃ人気者の顔してる。
胸の奥が、きゅっとなる。
分かってる。さっちょんはそういう子。誰とでも自然に話せる。話していい空気にしてくれる。クラスの中心で受け止め役できるタイプ。
分かってるけど「うちらのさつき」って感じで扱われるの、正直少しムカつく。
なんだよ“うちら”って。
勝手に共有財産みたいにするな。あの子は私の……って、今言いそうになった自分にビビる。声に出したら社会的に終わるから飲み込んだ。よくやった私。
「でさー、さつきは? 告られたことあんの?」
あ、来た。こういう流れ、絶対来るやつ。
「あるでしょ絶対〜〜」
「あるでしょね〜〜」
「えー……」
さっちょんは、ちょっとだけ首をかしげる。
クラス全員がうわ来たぞって息を揃える気配が伝わってくる。やめてあげてアイドルの囲み会見じゃないんだから。
「どんな人がタイプなの?」
「どんなのならオッケーするの?」
「うーん……」
さっちょんは、少しだけ考えるふりをしてから言った。
「一緒にいるのが、当たり前って思える人かな」
「んんんん〜〜⁉」
「きゃー!! 名言きたー!」
「それ彼氏候補のハードル高くない⁉」
「ズル男じゃんおまえww!」
「ズル男って言うなw 女子だしw」
半分悲鳴みたいな笑いが教室に弾ける。
私はその音の中で、心臓をぎゅっと握られたみたいな感じになってた。
当たり前って思える人。
それ、私だって言っていい? もう言っていい?
毎日「放課後いっしょに海行く?」って聞くの、朝の天気確認レベルになってるの、うちらだよ?
夜の通話が前提なのもうちらだよ?
親友特権だからって言いながら手を繋ぐの、私とさっちょんだよ?
頭の中で、はいはい分かってる、って声と、ねえそれ私のことだって言って、って声がケンカする。
さっちょんが、ふっとこちらを見た。
ほんの一秒。ほとんど誰にも分からないくらいの角度で。
「ね?」って目だった。
「わかってるでしょ?」って目。
ずるい。ずるいし、ずるいのに安心させられる私もずるい。けど好き。いや好きって自分で言うな落ち着け。
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