第5話 ずっと一緒に居ようね
「……さっちょん」
「なに」
「それ、他の子にもやってんの?」
口から出た瞬間、あ、やったって思った。また言った。なんで今日の私こんな口軽いの? 冬仕様でフード緩いんか?
さっちょんはまばたきして、それから「あー」と小さく言った。なんか、ちょっとだけ得意げだった。
「やってないよ」
早い。即答。間ひとつなし。
「私にだけ?」
「そう」
あっさり言う。なんなら少し嬉しそうに言う。そうやって平然と地雷を花束みたいに渡してくるの、ほんと反則。だってそれ受け取ったら、こっちの中身、勝手に変わるじゃん。
「……ふーん」
またふーん。今日二回目のふーん。もはやバカの口癖。いやでも今はふーんが限界。これ以上喋ったら、ポロっとなんか言っちゃいそうでこわい。
好きとか、そういう方向の単語を、間違えて落としそうで。
さっちょんは私の指をさわったまま、ちょっとだけ前かがみになって、私のほっぺに額を寄せるくらいの距離まで顔を近づけた。頬じゃない、まだ当たってはない。けど、あと三センチで当たる。
「ね、きいちゃん」
「なに」
「ずっと一緒にいようね」
ずっと、って言葉が、思ってたより重かった。重いのに、声は軽いから、余計に刺さる。
ずっとって、いつまで。卒業まで? 高校生まで? 二十歳まで?
結婚とかそういうやつが始まる前まで? あるいは、そういうのを全部超えても、って意味?
そこを聞いたら負けだと思った。
今「どこまでのずっと?」って聞いたら、完全に私は線を跨ぐ。それはわかる。だから私は聞かなかった。
「……うん」
小さくうなずいたら、さっちょんは満足したみたいに笑って、やっと手を離してくれた。指先が急に空気にさらされる。
さっきまであった温度が無くなる。
風が当たって、そこだけ温度差でわかる。ああ、ここ、さっちょんが触ってたんだって、すぐに分かる。
やめてよ。そういう残り方されると、あとで家に帰ってから思い出すじゃん。夜に。寝る前に。枕に顔うずめたときとかに。
ずるい。
「帰ろっか。暗くなる前に」
「うん。親にまた言われる」
「今日も『もうちょっと早く帰ってきなさいよ』ってやつ?」
「そう。さっちょんは?」
「私は『ちゃんと連絡しなさい』」
「毎日同じこと言われてんな私たち」
「ね。かわいいね、うちら」
「かわいくはない」
「かわいいよ?」
「はいはい」
立ち上がるとき、膝に当ててた手が少ししびれてて、身体がゆっくり動く。その一瞬だけ、さっちょんがさっと腕を差し出す。
支える、みたいなふりで。私はなにも言わずにその腕を借りた。
借りたっていう言い方自体がもうダメな気がする。借りたら返さなきゃいけない。私、返せる?
堤防から坂道に戻るころには、空はほとんど群青だった。
オレンジはもういない。街灯が点いて、ガードレールが白く光る。
さっきまで家みたいとか思ってた海は、ふつうに夜だった。暗くて、ちょっとこわい。波の音もさっきより厚くなってる。
下りてきた坂を、また二人で登る。
さっちょんが半歩前、私は半歩後ろ。歩幅はもう合わせなくても勝手にそろう。
これが毎日って、なんなんだろう。毎日って怖い。
毎日って、無限に続きそうって意味じゃなくて、いつのまにか消えてもおかしくないくせに、当たり前だよねみたいな顔して私のスキに入り込んでくるから怖い。
さっちょんは振り向かずに言った。
「ねえきいちゃん」
「なに」
「明日も海いこ?」
「……別にいいけど」
「別にいいけど、ってかわいくない」
「じゃあ、行きたいです、さっちょん先輩。これで満足?」
「満足〜。かわいい〜」
「うざ」
私はそう返しながら、胸の奥でこっそり思った。
親友って言えば、ぜんぶ普通になるんでしょ。
だったら、私はまだこの言葉の後ろに隠れてていい。
……少なくとも、今は。
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