第4話 あったかくなるかなって

「てかさっちょん」


「なに?」


「取られたくないって、私のこと、だよね?」


「そうだよ?」


 食い気味に即答された。なんでそんな即答できるの。

 こっちはいまから高跳びのバー越えますって気合い入れてるのに、そっちは平地だよ? みたいな顔してるのおかしくない?


「……ふーん」


 ふーんじゃねえ、と自分で思いながら、ふーんって言うのがやっとだった。ふーんが限界の女。


 でも、私のことって、ちゃんと主語つけて確認できた。今のはちょっと大きい。たぶん大きい。


 あのね、とさっちょんが言う声が、さっきより少しだけ低い。

 低いけど、怖い感じじゃない。なでる前提の声。あーこれ、なんか大事なこと言われるやつだなってわかる。


「きいちゃん、いっつもボーっとしてるじゃん」


「悪口?」


「褒めてるよ。きいちゃんの、なんか遠く見てる感じ、好きだもん。海と同じ匂いする」


「それ褒めてる? 私が海くさいって話じゃなくて?」


「そういう意味じゃない。ほら話逸らさないで。真面目な話するから」


「うわ出た『真面目な話するから』。絶対なんかあれじゃん」


「なんかあれとは」


「なんかあれでそれなんだよ」


「雑すぎる」


 自分で時間を稼いでるの、たぶんバレてる。バレてるのに待ってくれるのもずるい。こっちが心の準備するまで、ちゃんと待ってくれる。そういうところでまた一歩踏み込んでくる。逃げ場を優しく狭めるの、ほんと性格わるい(褒めてる)。


「きいちゃんさ」


「ん」


「いつか居なくなりそうなんだよね」


 ドクっと心臓が動いた。ドク、じゃなくて、ドクっ。


「は? 死ぬ話?」


「ちがうし! 縁起わるいこと言わないで今!」


「じゃあ転校とか?」


「そういうんじゃなくてー……あのね、なんかさ。気づいたらどっか遠く見てて、そこに、私が入ってないときあるでしょ」


 喉の奥が、さっきと違う意味で詰まった。

 ある。あるよ。あるに決まってる。

 私の中にある自分だけのスペースに、誰も連れ込みたくないエリアがある。そこに、さっちょんが立ってないとき、たしかにある。


 それは私の呼吸の避難場所みたいなもので、誰にも触らせたことない場所なんだけど……でも、言われると、すごく申し訳ないみたいな気持ちになるの、なんで?


「そのときさ、ちょっとだけ寒くなるの。私が」


「……寒い?」


「うん。だから、くっついとくとあったかいかなって思って」


 ね? とさっちょんは言って、私の袖の中に入れてた指を、そのまま手のひらに滑らせてきた。私の指をちゃんと握る形になって、逃げられない感じになる。

 待って、これは、これはもう、普通に手を繋いでるのでは?


「ちょ、ちょいちょいちょいちょい」


「え、なに。寒いんじゃなかったの?」


「そういう寒いじゃないというか! いや寒いけど! ちがう、ちがうの! これはなんか、あの、はいストップ! ストップ進行方向!」


「進行方向て」


 さっちょんはくくっと喉で笑って、でも手は離さなかった。

 逆に少しだけぎゅっとする。

 そこに力が入ると、指同士の境目がわからなくなる。境界がぼやける。

 あやふやになる。危ない、って思う。


 その危ないは、別に嫌とか怖いとかじゃなく、もっと、こう……一回そこに踏み込んだら戻れないタイプのやつって意味の危ない。


 私は息を吸って、吐いた。落ち着け。これはまだ大丈夫。これは親友スキンシップ。ギリ親友。親友ってそういうのある。女子ってそういうのする。うん。する。たぶんする。


 してるか? みんな? ほんとに? いやもう知らん。知らんけど。

 知らんけど、っていうの便利すぎて腹立つな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る