魔術書に突っ伏して寝たら、世界で最初の魔法使い!~現代ダンジョンと身体改造と気弱探索者~

月光魚

第1話 ダンジョンのある世界 (プロローグ)

 その日、飯田博文は二十四歳の誕生日を迎えていた。


 「あ……。今日、誕生日だった」


 ふと思い出して、呟く。

 リラックスしようとして、色々考えていたのが悪かったようだ。今思い出さなくても良いことにまで思い出してしまった。

 今はもう夜。誕生日を思い出すには、微妙なタイミングだ。


 目の前には、三匹のゴブリン。博文との距離は十メートルほど。

 牙の並んだ口で、威嚇の叫びを上げている。隙を見せれば飛びかかって来るだろう。

 獣臭いし、殺す気満々の敵意を向けられるし、最悪の誕生日の思い出だ。


 「今日はこれで終わりだよな?」


 言葉と共に深く息を吐く。溜め息のようになったのも仕方ない。

 ここはダンジョンの一階層。もうすぐ出口だというのにゴブリンに出会ってしまった。ゴブリンは儲からないので、不運でしかない。余計な戦闘だ。

 息を吐き出して、十分に力が抜けたのを確認してから、博文は弓を引いた。


 速射。

 矢継ぎ早という言葉の語源そのままに、三本の矢を放つ。

 矢は見事にゴブリンの頭に当たり、一拍おいて三匹のゴブリンは光の粒になって散っていった。


 「……ドロップ品は無しか」


 ゴブリンが落とす品でも、無いよりはマシだったのに。

 やっぱり最悪な誕生日だと、博文は再び溜め息を漏らした。


 博文は、S県H市に住む普通の青年である。

 良くも悪くも目を引くことは無い見た目。ちょっと変わった仕事をしているため体力と集中力に自信があるものの、スポーツ選手のような爽やかさは無い。

 平凡を絵にかいたような人間だ。


 気も、弱い。

 モンスターであるゴブリンを倒しておいて、何を言っているのかと思われるかもしれないが、人間相手とゴブリン相手では違う。

 人間は、苦手だ。

 他人に何をされたわけでもない。漠然と、人間関係が苦手なのだ。

 原因が無いから、対策も立てられず日々人と深い関りを持たないように過ごしている。


 友人は一応いるが、向こうから連絡がこない限り合うことも無い。家族とも疎遠だ。コンビニ店員以外とは口を利かない日も多い。

 会社勤めでもしていれば強制的に人と関わるのだろうが、彼は自由業だった。


 博文は、探索者だ。

 探索者は、ダンジョンを探索する職業である。

 しかも、単独ソロ

 気弱を拗らせて、日々独りでダンジョンに潜っている。


 五年前。

 世界にダンジョンが現れた。


 ダンジョンが現れたと発表された日を、博文は今でもしっかり覚えている。

 その日から日常が変わった。報道機関は当然ながら、個人のSNS、街中の雑談までダンジョン一色になった。印象に残らない方がおかしい。


 最初に現れたダンジョンは、四つ。

 マグニチュード四弱の地震と共にそれは現れた。


 ダンジョンが現れる場所の法則は、今でも明確には分かっていない。

 しかし、ある程度の予測はされている。


 一つ、古い人工建造物がある場所の近くであること。

 一つ、ある程度発展した街の中であること。

 一つ、近くに大きな水辺があること。


 最初の四つも、この法則に当てはまっている。

 なにせ、世界四大文明と言われる大河沿いの遺跡近くの街に現れたのだから。


 ダンジョンの入り口は、人間二人が並んで通れる程度。地面に斜め下へと続く洞窟の形で現れた。


 街中だったこともあり、すぐに一帯が封鎖されて調査が行われた。


 最初は普通の地下道の様に思われたが、中に入れば異様な光景が広がっていた。

 石を積み上げた壁。どう見ても、人工物にしか見えない。道は入り組み、迷路のようになっていた。

 さらには、できたばかりのはずなのに、すでに壁面には苔が張り付いており、経年劣化の兆しを見せていたのである。


 そして、さらに驚くべき事が起こる。

 モンスターが現れたのだ。

 ダンジョンの中には、空想の世界にしかいないと思われていた生物たちが実在していた。


 人類が世界で最初に遭遇したモンスターは、現在ではゴブリンと呼ばれている最弱のモンスター。先ほどまで博文が戦っていたものと同種だ。


 身長一メートルほどの無毛の人型。外見は醜悪で、ハダカデバネズミを人型に再成型した感じだ。

 肌の色は緑色。口にはネズミのような前歯は無く、肉食獣のような鋭い牙が並んでいる。爪も鋭く尖っている。

 見た目通りの気性で、人間を発見すると襲って来る。


 最初にダンジョンに入ったのは、ただの調査団。ほとんどが学者で構成されていた。戦闘力など、皆無だった。

 ゴブリンに襲われ、ケガ人どころか死亡者まで出た。


 調査に入る事は周知されており、各方面から注目を浴びていた。死傷者が出たことを、隠し切るのは難しかった。

 これが一か所だけなら、まだ良かったのかもしれない。しかし、四つのダンジョンは四つの国に分かれて出現している。

 一部が厳戒令を出したところで足並みが揃うはずもなく、情報は瞬く間に映像付きで漏れ出した。


 中で何が起こったのか、何がいたのかが、全世界の人々に知られてしまった。

 

 調査には武力が必須だと判断され、管理が各国の軍に移った。さらには、協力体制を作るために国連まで介入する事態となった。

 ダンジョンは人類共通の脅威と認識され、早急に対処を求められた。


 驚異的な速度で準備が整えられ、武装した軍によって調査が始まった。

 しかし、また、問題が発生した。


 「矢を傷めただけか。帰ろ」


 博文はポツリと呟く。

 矢は可能な限り回収して使っているが、モンスターを射れば確実に傷む。射損ねて回収できないこともある。

 可能な限り、無駄な戦闘は避けたい。


 博文の武器は、弓。それと、近接用に山刀マチェットだ。

 

 なぜそんな時代錯誤な武器で戦っているのかと言えば、こういった物でなければ、モンスターに攻撃が通らないからだ。


 それこそが、最初のモンスターとの戦いで発生した問題だった。

 ゴブリンに、近代兵器は通用しなかった。


 銃も爆弾も、火炎放射器も、特別に装備を許された最新の移動式電磁加速砲レールガンすら効かない。ゴブリンに傷一つ付けることもできなかった。

 最初はゴブリンが高い防御力を持っているのだと思われた。

 しかし、その考えはすぐに覆る。

 

 ダンジョンの中は、別の世界だった。

 常識が……物理法則が、違っていた。

 ダンジョンの中では、現代の兵器が無効化されるのだ。


 それは、モンスターだけではなく、人間にも当てはまった。混乱して同士討ちになった時に、軍人たちはその事に気が付いた。


 銃で撃たれても、石ころを投げられたくらいにしか感じない。

 爆弾の熱風もドライヤー以下。破片が当たってもちょっと痛い程度。火炎放射器は服に焦げを作ることもできない。電磁加速砲など、子供の玩具だ。痛みすら感じない。

 地上では即死する攻撃が、まったく効かない。

 最新式の兵器ほど、威力が下がる。


 逆に有効だったのは、原始的な武器の類いだった。

 ナイフで切りつければゴブリンの皮膚は裂け、緑色をした血が噴き出した。石を投げればゴブリンは痛がって逃げ惑った。

 棍棒はゴブリンの頭蓋を割った。松明の火は、肉を焦がした。拳を握り締めて殴れば、ゴブリンは吹っ飛び絶命した。


 『おいおい、ファンタジーゲームかよ』

 

 有効な戦闘方法を発見した者が、母国語でそう叫んだ。


 『この穴倉は、オレたちが剣と弓で戦うことを望んでるのか!』


 効果があるのは、火薬が発明される以前の武器ばかり。

 ファンタジーゲームの攻撃手段だ。

 笑うに笑えない、悪趣味な仕様だ。


 さらに悪趣味なのは、モンスターを殺せば、光の粒になって消えてしまうところだろう。捕獲し、生きたままダンジョンの外に持ち出しても、半日ほどで消えてしまう。

 モンスターは生物にしか見えないが、生物ではなかったのだ。

 おまけに、数パーセントの割合で、持ち出し可能な不思議なアイテムを落とす者まで存在した。

 まさに、ゲームだ。


 『これは、現実なのか?』


 当然ながら、軍人たちは、自分たちの正気を疑った。悪趣味なイタズラで、知らぬうちに最新鋭のバーチャルゲームをやらされてるのかとすら思った。


 しかし、これは現実だった。一緒に戦った仲間たちの死体が、そのことを深く理解させた。

 ゲームのような世界でも、死ねばそれまで。コンティニューは存在しない。


 それは現在、ダンジョンを探索している博文たち探索者も同じだ。

 探索者は民間人。十八歳以上であれば、運転免許よりも簡単に資格が取れる職業だ。

 なのに、死と隣り合わせの世界で戦っている。


 普通であれば、世論がそんなことを許さなかっただろう。

 ダンジョンに入るのは、軍人や少なくとも戦闘訓練を積んだ者たちだけになっていたはずだ。


 だが、とある事情がそれを許さなかった。


 「もう、さすがにモンスターは出ないよな?」


 博文はゴブリンを倒した場所から歩き続ける。ダンジョンの一階層は入り組んだ迷路状になっているが、何度も通った道だ。正しい道は頭に入っている。

 ひたすら歩き続け、博文はダンジョンの出口に到達した。


 ダンジョンの外に出た博文を迎えたのは、上から降り注ぐ人工的な灯り。

 出入り口は体育館のような窓のない建物で囲われ、常に照明が点けられている。その光を浴びると、ホッとする。


 ダンジョンの中は、常に明るい。

 光源など無いのに、一定の明るさが保たれている。

 行動し易いが、不気味さも感じるのだ。やっぱり、ちゃんと理屈が分かっていて、光源がある光が良い。

 博文はダンジョンを出て照明の光を感じる度に、人間の世界に帰って来たと実感するのだった。

 

 「今日のもちゃんと白いな」


 博文は、出入り口の横に有る白い石碑を確認した。

 石碑には様々な、文様としか思えない多数の文字とともに、見慣れた日本語が混ざっている。


 「今日も街の平和は守られたな」


 博文は石碑を見つめながら、少しだけ頬を緩めた。


 現在のダンジョンは、最初の四つだけではない。日本人の博文がダンジョンに入っていることからも分かる通り、その後二年かけて、世界中にダンジョンは増えていった。


 現在のダンジョン数は百。

 三年前から、ぴったりその数で止まっている。これ以上は増えないだろうというのが、世界中の共通認識となっている。


 そして、全てのダンジョンには一つの、罰則付きのルールがあった。

 

 ルールが発見されたのは、ダンジョン内部の調査が各国の軍に委ねられた後。内部に入れなくなった学者たちが、せめてもと周辺の調査に勤めていた時だ。

 一人の学者がダンジョンの真ん前にある石碑に違和感を感じ、他のダンジョン調査をしていた国に問い合わせて発覚した。


 同じ石碑がどのダンジョンにもあり、同じ内容が書かれていた。

 その石碑こそが、今まさに博文が目にしていた石碑だ。


 目立つ場所にあったのに発見が遅れたのは、その石碑が以前から街にあったオブジェと勘違いされたせいだ。

 なにせ、その石碑には、地球の、世界中の、ありとあらゆる言語がびっしりと書かれていて、文字が読める者なら必ずその中に母国語を発見できたのだから。

 常日頃見慣れている文字が刻まれている物が、ダンジョンという異常な物と関係があると誰も思わなかった。

 まさに、心理的盲点というやつである。


 石碑には、同じ文章が言語を変えて繰り返し書かれていた。


 『毎日ダンジョンに千人以上の人間が入ること。破れば、厄災が訪れる』


 その真意は誰にも分からなかったが、間違いなくそう書かれていた。

 そして、世界中の人間がルールの意味を理解したのは、ダンジョンが出現してから一週間経過した後だった。


 四つのダンジョンの内で三つは、発見からその日まで、中に入った人間が千人を超えることは無かった。

 すぐに周辺が封鎖され、調査のための学者や軍人しか入っていなかったのだから、それは仕方ない。

 

 しかし、ダンジョンはそれを許さなかった。

 ダンジョンのモンスターが外へと溢れた。集団暴走スタンピートと呼ばれる現象だ。


 日没とともに凄まじい勢いでダンジョンから吐き出された、多くのモンスターたち。

 すでに確認されていたゴブリンだけでなく、多種多様なモンスターが街を蹂躙した。街は壊れ、多くの命が失われた。

 それは日の出まで続き、太陽が顔を覗かせると同時にモンスターは光となって消えた。

 モンスターには高速で飛行する種も存在しており、千キロ離れた場所にも被害があったという。死傷者は二十万人以上、被害総額は十兆円を超えた。


 スタンピートが発生しなかったのは、最初の数日を除いて、千人以上の人海戦術で調査を進めていたダンジョンだけ。

 そして、その石碑は白かった。


 比較できたことで、世界中の人間が石碑のルールを理解した。

 毎日千人以上の人間が入らないと、ダンジョンのモンスターが溢れ出し外へと被害を与える。猶予は、一週間。その間に千人を超えれば期間はリセットされる。

 目安は、石碑の色。

 白い石碑は、ダンジョンの安全が保たれている証拠だ。


 どのように人数を把握しているのかは分からないが、石碑は千人を境に色を変える。千人以内であれば黒。千人を超えると白。一日の区切りは、日没から次の日の日没まで。


 多くの被害が出たことで、その後は毎日ダンジョンには千人以上の軍人たちが調査に入るようになった。


 しかし、ダンジョンの数が増え始めると、そうもいかなくなってくる。


 軍は、そもそもダンジョン調査のために存在する組織ではない。

 ダンジョンにばかり人員を割いていると、国防の仕事がこなせなくなる。負担が増えれば、世界のパワーバランスを揺るがす事態になりかねない。

 多くの国が同じように考えたらしい。


 徐々に民間人のダンジョン入りを求める意見が増え、意見の取りまとめをしていた国連も折れて、民間人のダンジョン探索が認められたのだった。


 今では、世界中のどこのダンジョンでも、民間人が探索者として中に入っている。自己責任の旗印の下に。

 反対意見を言う人たちはいるものの、対案が出せず、自分たちの安全にかかわることのため現状は容認するしかないようだ。


 「さて、コンビに寄ってから帰るか」


 背負っていた荷物を下しながら、博文は現実の世界に戻って行くのだった。

 

 

 








 

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