柔らかな記憶
宵月乃 雪白
柔らかな記憶
祭りといえば夏のイメージ。けれど自分の住んでいる地域では秋祭りが主流らしく、秋の方が祭りごとが多かったりする。
理由としては暑さのせいで体調を悪くしないようにということだけれど、決めたのは昔の人。その昔の人は未来の、この地球全体の問題となっている温暖化を予想していたのかもしれないと思うと何だか不思議な気持ちになる。
町を挙げてのお祭り。町一番の大きな神社の中で行われるお祭りは本当に暑いしうるさい。普段、夜中に出歩いたらいけないと叱る大人たちもお祭り期間中は何も言わない。むしろ参加しなければ小言を言われる。
嫌々参加したのは見渡す限り自分だけ。一緒に周ろうと誘ってきた友人たちはここぞとばかりに秋の夜を楽しんでいた。
自分もこういう風に楽しめたらいいのだけど、その楽しむ心さえも母親のお腹の中に置いてきてしまったようだ。
誘ってくれた友人たちには申し訳なかったが「人酔いした」なんて嘘を吐いて、お祭りをしている神社から少し離れた位置に、お化けが出ると噂され大人さえも近づかない静かな神社へと一人、わたがし片手に小さな賽銭箱の前に座った。
「ねぇ、それって美味しい?」
なんの気配もなく、幼い小学校低学年くらいの少女が一人いつの間にか隣に座っていた。
「美味しいよ」
「一口ちょうだい!」
肩で切り揃えられた短い髪が、言動と相待って幼さゆえのわがままさを強調している。
「いいけど…新しいの買いに行こうか?」
半分も食べてしまったわたがしを伸ばされた小さな手に渡しながら言う。店は遅くまで営業しているし、新しいのを買ってくることだって時間があればできる。ただの丸いわたがしだけじゃなくて、うさぎとか花などの形を模したわたがしだって売っている。
なんたって今日は大人の気分がいい日だから祖父母も父も使いきれないほどのお小遣いをくれた。少女のお腹が空いているのであれば他の焼きそばとかたこ焼きだとかも買ってこれる。なんなら一緒に買いに行ってもいい。
「いい! これがいいの!」
イーっと威嚇する犬のように歯を剥き出しにしてわたがしを食べ始める。食べ進めていくにつれ、少女の眉間に寄っていた皺は伸び、代わりに力の抜けたような笑みがそこにはあった。
少女はどこから来たのだろう。親とはぐれてしまったのか、それとも自分の意思でここにいるのかは定かではない。けれどそんなこと今は考えなくていい。小さな口で工夫しながらわたがしを食べる少女を見ているだけでいい。
少女を見ているとなんだか心がポカポカしてきた。初対面にも関わらずこの湧いてくる愛情はどこからやってきたのだろう。赤ちゃんの顔を見ると癒されるように、自分はこの少女を見て癒され、母性という名に似た愛情を抱いている。
「そっか」
みるみるうちになくなっていくわたがし。少女の顔が見えるほどの大きさになった時、ふと少女の着ていた浴衣に目がいった。藍を基調とした綺麗な浴衣に添えられるように咲いた一輪の黒いコスモス。浴衣にしては地味なものを身にまとう少女は、着させられている感があるにも関わらず、どこか目を惹くものがあった。
「あのさ、明日も来ていい? 今度はわたがし以外も買ってくるよ」
少女が魅せる笑顔をもっと見たい。そう思ったときには、すでに思いを言葉にしていた。三日間やっていた祭りももうすぐで終わりを告げる。幸い明日が最終日なので少女が良ければもっと美味しいものを買ってきて一緒に食べることができる。
「いいの⁉︎ じゃあ待ってるね。来てくれるまでずっと」
「うん。待ってて」
わたがしを持った少女は年相応の笑みを見せ、止めていた口と手を再び動かした。
冷たい秋特有の風と共に金木犀の花の匂いが辺りを充す。この神社から見える下でやっているお祭りの様子。どこかで見たようなこの景色はきっと今の自分の記憶でないことを自分は知っている。
柔らかな記憶 宵月乃 雪白 @061
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます