*魔力ゼロ(誤診)の公爵家三男に転生したら、魔力が見えたので全力で鍛えてみた件【再構築中】
宙野たまき
第1話 胸に灯る光
何も見えなかった。
暗闇というよりも、視覚そのものが存在しないような感覚だった。体を動かそうとしても、指一本すら意のままにならない。まぶたを開こうとしても、そもそもまぶたがどこにあるのかさえ分からない。
ただ、意識だけがあった。
考えることはできる。記憶もある。自分が誰で、どんな人生を送ってきたかも思い出せる。病弱で、ほとんどの時間を自室で過ごし、本やアニメ、ゲームに囲まれて生きてきた。外の世界よりも、創作物の中の世界のほうがずっと身近だった。
それなのに、今の自分はどうなっているのだろう。
植物状態になってしまったのだろうか。事故か何かで、意識だけが残って体が動かなくなったのだろうか。そう考えると、恐怖が這い上がってきた。このまま永遠に、何も見えず何もできない状態で過ごすことになるのだろうか。
その時、何かが聞こえた。
音だ。人の声のようだが、一つも聞き取れない。日本語ではない。英語でもない。今まで聞いたことのないリズムと抑揚を持つ、未知の言語だった。
意識を失ってから、どこか外国の病院に運ばれたのだろうか。だが、日本で倒れた患者をわざわざ海外に搬送する理由があるだろうか。それに、この言語は本当に聞いたことがない。テレビで耳にする外国語とも違う気がする。
ふと、別の可能性が頭をよぎった。
転生、というやつだろうか。
オタク趣味の中で、異世界転生ものは定番中の定番だ。主人公が死んで別の世界に生まれ変わり、チート能力で無双する。そんな物語を何度も読んできた。まさか自分がそんな状況になるとは思ってもみなかったが、この未知の言語と体の感覚のなさを考えると、可能性としてはあり得る。
だが、確かめる方法がない。
体が動かせないのだから、周囲を見ることもできない。声を出して質問することもできない。ただ意識だけが漂っている状態では、何も調べようがなかった。
それなら、死因について考えてみようか。
病弱だったから、何かの発作で倒れてそのまま死んだのかもしれない。だが、死ぬ瞬間の記憶がまったくない。苦しんだ記憶も、痛みを感じた記憶もない。気がついたら、この暗闇の中にいた。
結局、分からないことはいくら考えても無駄だった。
推測を重ねても、確証は得られない。そう結論づけて、思考を停止することにした。今は何もできないのだから、状況が変わるまで待つしかない。
時間の感覚は曖昧だったが、何かが変わり始めた。
体に温かさを感じるようになった。何かに包まれているような感覚。そして、優しい声。あの未知の言語で、誰かが語りかけてくる。抱き上げられる感覚。何かを口に含まされる感覚。
赤ん坊として世話をされている。
そう気づいた時、転生は確定した。これは夢でも妄想でもない。本当に別の世界に、別の体で生まれ変わったのだ。
次に知りたいのは、どんな世界に転生したかだ。
ファンタジー世界なのか、それとも異なる文化を持つだけの普通の世界なのか。魔法は存在するのか。モンスターはいるのか。文明レベルはどの程度なのか。
だが、赤ん坊の体では限界があった。
視界はぼやけていて、輪郭がはっきりしない。首も座っていないから、自分の意思で周囲を見渡すこともできない。誰かに抱かれている時に見える天井や、時々視界に入る大人の顔も、ぼんやりとした印象しかない。
結局、この問題も先延ばしにするしかなかった。
もう考えることもないかと思い始めた頃、何かに気づいた。
視界はぼやけたままで、首も動かせないのだが、胸のあたりから何か淡い光が湧き出ているように見えた。
最初はただの残像かと思った。だが、何度見ても同じように光が見える。ぼんやりとした薄い光が、胸の中心あたりから少しずつ溢れ出ているような感じだった。
これはヤバいのだろうか。
病気か何かの兆候だろうか。だが、特に体調が悪いわけではない。痛みも苦しさもない。むしろ、その光は温かく穏やかな印象を与えた。
それなら、これは何なのだろう。
淡い光に意識を向け続けていると、不思議な感覚を覚えた。まるで自分の意思に反応して、光が微かに揺れているような気がする。試しに「動け」と念じてみると、光がわずかに波打ったように見えた。
気のせいかもしれない。だが、他にやることもない。
赤ん坊の活動時間は短い。起きている間も、ほとんどは何もできずにただ寝かされているだけだ。わからないことを延々と考えているよりは、この光を操作できるか試してみるほうがましだろう。
そう決めてから、起きている時間のほとんどを光の操作に費やすようになった。
最初は本当にわずかな動きしか感じられなかった。
光を右に動かそうとしても、ほんの少し揺れる程度。上に持ち上げようとしても、すぐに元の位置に戻ってしまう。それでも諦めずに続けていると、少しずつ意思で動かせる範囲が広がっていった。
そしてある日、ふと思った。
もしやこれは、魔力というやつなのではないだろうか。
今更な感想だが、可能性としては十分にある。異世界転生ものでは定番の要素だ。主人公が魔力を操作できるようになって、やがて強大な力を手に入れる。そんな展開を何度も読んできた。
判断する材料はないが、とりあえず魔力という前提で考えてみよう。
もしこれが魔力なら、操作の練習は有用なはずだ。将来的に魔法を使えるようになるかもしれない。戦闘で役立つかもしれない。あるいは、日常生活を便利にする手段になるかもしれない。
それなら、もっと効率的な訓練方法はないだろうか。
ラノベでよくあるのは、魔力を枯渇させると魔力総量が増大するという設定だ。限界まで使い切って、回復させる。それを繰り返すことで、どんどん強くなっていく。
だが、待てよ。
魔力枯渇イコール死、という作品も多数あった。魔力が完全になくなると生命活動が維持できなくなって、そのまま死んでしまう。リスクが高すぎる。
それに、そもそも魔力を枯渇させる方法が分からない。
この光を全部使い切るには、どうすればいいのだろう。外に放出する? だが、その方法も分からない。下手に試して取り返しのつかないことになったら困る。
結論として、安全に操作の練習をするのが一番だろう。
そう決めてから、さらに練習を続けた。最初は胸の前に光を持ってくるだけで精一杯だったが、やがて顔の前まで運べるようになった。視界はぼやけたままだが、光が近づいてくるのは何となく分かる。
次のステップとして、体を包んでみることにした。
光を操作して、体の表面を覆うように動かす。最初は胸のあたりだけだったが、徐々に範囲を広げていった。腹、肩、腕、脚。少しずつ、少しずつ、体全体を光で包むイメージで練習を続けた。
そうしているうちに、奇妙な感覚に気づいた。
体の中のある場所で、光が引っ張られるような感じがするのだ。まるで、その場所が光を吸い込もうとしているかのようだった。意思で操作しているのに、特定の方向に勝手に流れていこうとする。
試しに、その場所に光を持っていってみた。
すると、どんどん吸い込まれていく。湧き出てくる光を、その場所に注ぎ込むと、まるで渇いた土に水が染み込むように吸収されていった。
当初は体全体を光で循環させようと考えていたが、目で見て確認できるわけではない。それなら方針を変えて、この引っ張られる場所に光を集中させてみよう。
最初は苦労した。光をその場所まで運ぶのに時間がかかったし、途中で散らばってしまうこともあった。だが、繰り返すうちに慣れてきた。湧き出ている光を、まるで直線でつないだかのように、その場所に注ぎ込めるようになった。
それから半年ほど経った頃、奇妙な音を聞いた。
ガチャリ。
何かが閉じたような音だった。幻聴かもしれないと思ったが、確かに聞こえた気がする。
そして同時に、あの引っ張られる感覚が消えた。
焦った。今まで光を注ぎ込んでいた場所が、急に反応しなくなったのだ。何か悪いことをしてしまったのだろうか。体を壊してしまったのだろうか。
だが、体調に異変はなかった。むしろ、胸から湧き出る光の量が増えていた。以前よりも明るく、豊かに溢れ出ている。
落ち着いて確認してみると、少しずれた場所で新たに引っ張られる感覚を発見した。
もしかして、これはチャクラのようなものなのだろうか。
インドの思想で語られるチャクラは、体の正中線上にある七つのエネルギーセンターだ。もしこの世界にも似たような概念があるなら、今閉じたのはその一つかもしれない。
試しに、新しく発見した場所に光を注ぎ込んでみた。
すると、やはり吸い込まれていく。前回と同じように、どんどん光が流れ込んでいった。そして一年経たない頃、再び同じ音を聞いた。
ガチャリ。
今度は焦らなかった。前回の経験から、これは何か良いことが起きている証拠だと理解していた。
確認を進める。光を注いでいた場所は、もう吸い込まなくなっていた。そして胸から湧き出る光の量は、また増えていた。別の場所で、新たに引っ張られる感覚がないか探してみる。やはりあった。そして、その場所は体の正中線上にあるように感じられた。
やはりチャクラだ。
そう結論づけたが、この世界でそう呼ばれているかは分からない。何かが閉じる音を聞くことから、扉か門のようなものではないかと考えた。
悩んだ末、これを「門」と呼ぶことにした。
最初に閉じた門を第一、次に閉じた門を第二、そして今開いている(魔力を注ぎ込んでいる)第三の門。そうナンバリングして、作業を続けることにした。
まだ赤ん坊で、周囲の状況もよく分からない。言葉も理解できないし、自由に動くこともできない。だが、この光の操作だけは確実に進歩している。
胸に灯る光を見つめながら、私は第三の門に光を注ぎ込む作業を続けた。いつかこの門も閉じる音を聞くだろう。そしてまた次の門を見つけることになるのだろう。
この作業が将来どんな意味を持つのかは分からない。だが、少なくとも今の自分にできる唯一のことだった。
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