博多弁の美少女が、強面のバイク便の男に一途すぎる件
猫之丞
第1話
東京の、夜の喧騒が薄れ始める時間帯だった。
正確には、大通りから一本入った住宅地の端にある、どこにでもあるコンビニの駐車場だ。
重いシールド越しでさえ鬱陶しかった周囲の光が一気に顔に当たる。彼は、自分の顔がどんな風に見えているかなど、とうの昔にどうでもよくなっていた。目の下のクマ、ギョロリとした目つき、口元の古傷。夜の照明は、疲れた顔をさらに険悪に見せる。バイク便の仕事は、こんな顔をしている彼には合っていた。人と深く関わらず、ただ荷物を運ぶだけ。
チェーンスモーカーである誠志郎のポケットには、もう一本のセブンスターしかなかった。彼はタバコの箱を軽く叩き、ライターだけを握りしめ、タバコを買う為に店内に滑り込んだ。
店内に入ると、異質な熱気がレジの方から押し寄せてきた。
「なんだ、騒ぎか」
誠志郎は舌打ちした。こういう面倒事は、人一倍避けて生きてきた。ただタバコを買って、この後の配達ルートを確認したい。それだけだ。
レジカウンターでは、中年男が店員に向かって怒鳴り散らしていた。
「ぬるいだろうが! アイスコーヒーだぞ? 水みてぇなもん出しやがって、金返せ!」
「す、すんません……。新しく作り直しますけん、どうか……」
店員は、まだ幼さの残る女子大生くらいの女性だった。
誠志郎は思わず足を止めた。
彼女の顔には、この陳腐なコンビニの蛍光灯さえも負けていた。目鼻立ちがはっきりとして、整いすぎている。長い黒髪は艶めいて、身長は高め、スタイルもいい。まるで、どこかの雑誌の表紙から飛び出してきたような非現実的な美しさだ。これだけ美人だと、騒ぎの野次馬が増えてもおかしくない。実際、奥の棚で商品を眺める客がチラチラとこちらを見ていた。
だが、誠志郎の注意を引いたのは、その美貌ではなかった。
「ていうか、金返せっつってんのが聞こえねぇのか? あぁん?」
と男は怒鳴る。
彼女は明らかに怯えているが、一歩も引かず、懸命に頭を下げていた。
「すみまっ……せん! ウチが悪いけん、店長に言うて、ちゃんとお金は返しますけん! どうか、もう、大きな声は出さんとってください!」
“ ウチ “
そして、訛っている。
「なんだ、その変な喋り方は。気持ち悪ぃな、あぁ?」と男は嘲笑った。
(博多弁、か)
誠志郎は気づいた。
東京では珍しい、強烈な方言。
完璧な容姿を持つ彼女が、標準語に染まらず、パニックになりながらも故郷の言葉で必死に耐えている。
理不尽な怒号に晒され、必死に謝る彼女の姿を見て、誠志郎の胸の奥で、何かが小さくざらつくのを感じた。
「おい、聞いてんのかって!」と、男が怒鳴りながら、レジカウンターを乱暴に叩く。
その瞬間、誠志郎の堪忍袋の緒が切れた。この手のトラブルを避けてきたはずなのに、彼の体が勝手に動いた。
「うるせぇな」
低く、響くような声だった。
誠志郎は、中年男の背後、ほんの数歩の距離に、無言で立っていた。
中年男は一瞬で言葉を失い、振り返る。
誠志郎の目つきの悪さは、酔っぱらいの理性を一瞬で醒ますだけの力を持っていた。
誠志郎は、彼の顔を見下ろしながら、ポケットからセブンスターの箱を取り出し、一本咥えた。
勿論タバコには火はつけない。その動作だけで、彼は無言の威圧を放っていた。
そして、胸ポケットにしまっていたタバコの煙の匂いが染み付いたバイク用グローブを、ゆっくりと、音を立てるように外した。
(顔には――煙草を吸っている間くらい、静かにしろ。そう書いてあるだろう。)
中年男はヒュッと息を飲んだ。彼の顔が、恐怖に染まっていく。
「な、なんだお前は……。店員か?」
誠志郎は敢えて返事をしない。ただ、黙って男を睨みつけている。その沈黙と、顔の怖さが、一番効くことを知っていた。
「わ、わかったよ……もういい。水みてぇなコーヒー、もういらねぇよ!」
そう吐き捨てると、男は逃げるように足早に店を出ていった。去り際に、店内に佇む誠志郎をちらりと見て、さらにビビっているようだった。
ビビる位なら始めから絡んでくるんじゃねーよ。
騒ぎが収束し、静寂が訪れる。
「……あ、あの」
彼女は恐る恐る誠志郎を見上げた。さっきまでの緊張で、顔は少し赤い。
誠志郎は、彼女を一瞥する。彼女の瞳は、まるでブラックホールのように、彼の存在を吸い込もうとしているように見えた。その美しすぎる瞳が、まっすぐに誠志郎を見つめている。
「セブンスター1箱頼む」
誠志郎は、彼女に気づかれないように、一瞬だけ息を止めた。
この女の視線、熱量が、異常だ。
彼女は慌ててタバコを取り出し、計算を始めた。彼女の手は少し震えている。
誠志郎は代金を払い、お釣りとタバコを受け取った。そして、いつものように何も言わず、店を出ていこうと背を向けた、その時だった。
「ちょっと待って!」
彼女の大きな声が、背後から飛んできた。
誠志郎は立ち止まらず、振り向きもしない。面倒事はこれで終わりだ。
だが、彼女の声はさらに熱を帯び、今度は訛りが全開になる。
「あんた! あんた、名前は? ウチの名前は
「なんだと?」
誠志郎は、さすがに足を止めた。そして、ゆっくりと振り返る。
一目惚れ?
この完璧すぎる美少女が、顔の怖いヘビースモーカーのバイク便ライダーの俺に?
樹は、カウンター越しに身を乗り出し、真っ直ぐすぎる眼差しで誠志郎を見つめていた。その表情には、戸惑いも照れもなく、ただ純粋な熱意だけが宿っていた。
「ウチ、あんたの、その優しいとこが、心の底から好いとうと!」
誠志郎は、咥えていたセブンスターを思わず抜き、天井を見上げた。
人生で、こんなにも目を剥くような熱烈な告白を受けたことはない。
(冗談じゃない。一体、何を言っているんだ、この娘は……)
反応良ければ続き書きます。 コメント ♡ レビュー ☆宜しくお願い致します。
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