第50話  「侵入者」


―2021年9月1日 午後18:59



東京湾・海ほたる地下施設 / SYNAPSE-33作戦室


ホログラムが消えたあと、沈黙が落ちた。

都市の“外”から侵入している。

――その事実が、空気を変えていた。


そのとき、ドアが静かに開いた。


冷たい空気が流れ込み、作戦室の空調が一瞬だけ揺れた。

入ってきたのは、黒いジャケットに

公安のIDをぶら下げた男――天城だった。


「……ただいま」


低く、抑えた声。だが、その響きは

空間の重心を変えるほどの圧を持っていた。


龍が振り返る。

「おかえり。お疲れさん、公安の“本業”はどうだった?」


天城は肩をすくめた。

「まあ、例の“瀬貝カヲル”の捜索任務だよ。

こっちじゃ“危険思想保持者”ってことで、

マルドゥク直下の監視対象になってる」


そして、わざとらしく周囲を見渡す。


「……で、その“危険思想保持者”は、どこにいるんだ?」


カヲルが端末の前から顔を出す。

「ここです。公安さん、ようこそ」


彼女は軽く手を挙げ、にこりと笑った。


天城は一拍置いて、深く頷いた。

「なるほど。都市の声を聞く力が“危険思想”ってわけか」


龍が肩を揺らして笑った。

「こっちはもう、都市の神話を拾ってるよ。

で――今日、変な客が来た。大学生。都市伝説サークル。

持ってきたのがこれ」


龍はミナトの古びた本を差し出す。

カヲルがページを開き、静かに語る。

「“スコティアの鍵。語りの器。世界が選ぶ者。

彼は、語られる前に語る。彼は、記憶の声を持つ。”」


天城の目が止まる。

「……Elion D. Kemet」


カヲルが頷く。

「RAZEEMにも、インペリウムにも記録されてない。

でも、タグがついてた。レムリアン・テクノロジーって。

私しか知らないはずの技術に、彼は触れてる」


天城が缶ビールを開けながら聞いた。

「ん?レムリアンのエージェントは、

お前だけのはずだろ?なぜだ?」


カヲルは少し目を伏せた。

「そうなんです……おかしいんですよね……」

ホログラムが回転し、断片的な情報が浮かび上がる。


出生地:スコットランド・エジンバラ

生年:1911年

活動記録:不明

出馬予定:アメリカ・第4候補者


カヲルは眉をひそめた。

「……情報が、薄いんです。

RAZEEMのデータベースでも空白が多すぎて。

候補者リストにも入ってない。

インペリウムはこの人物を“知らない”――

もちろんマルドゥクも」


天城はホログラムに顔を近づけ、タグの文字列を凝視した。

そして、眉をひそめた。

「……1911年生まれ? おい、カヲル。

これ、どういうことだ。

お前と同じ……冷凍保存か?

それとも、ミイラか?

まさか……お前の他にも、

レムリアンのエージェントがいるのか?」


カヲルは、ゆっくりと顔を上げた。

その瞳は、ホログラムの光を映しながら、静かに揺れていた。


「……わからない。

でも、これは“内部の者”じゃない。

RAZEEMにも、インペリウムにも記録されていない。

なのに、レムリアンの技術に触れてる。

つまり――誰かが、接続してる。

都市の“外”から、語りに侵入してきてるような感じ」


天城は腕を組み、低く唸った。

「……お前が冷凍保存されてたのは、1955年。

都市の“記憶”を守るために、レムリアンが仕掛けた“語りの保存装置”だった。

だが、こいつは1911年生まれで、今、出馬してる。

時間軸が破綻してる。

どうやって生きてる??」


カヲルは、静かに言った。

「……レムリアンには、“記憶”を保存する技術があった。

それは、単なる冷凍保存じゃない。

記憶と語りを、都市の深層に“埋め込む”技術。

私は、その“媒体”として保存された。

でも――もし、同じ技術が“外部”に流出していたとしたら……」


龍が息を呑む。

「つまり……エリオン・D・ケメトは、

都市の外で、語りの器として、

カヲルと同じように“再起動”された存在かもしれないってことか」


カヲルは頷いた。

「そう。

私が“古代の記憶”を持つ器なら、

彼は――古代の外部記憶。

“スコティアの鍵”は、世界の外に埋められた“記憶の断片”かもしれない」


そのとき――


カヲルの端末、ファイφが微かな電子音を発した。


「……?」


カヲルが端末に目を向ける。


画面が自動的に起動し、青白い光が浮かび上がる。


誰も触れていない。だが、何かを語りかけてきた。


そこに表示されたのは――一つの名前だった。


Elia・D・Scotia(エリア・D・スコティア)

位置情報:スコットランド・エジンバラ

接続状態:断続的共鳴

タグ:語りの器 / 外部記憶 / スコティアの鍵


カヲルの指が止まった。


呼吸が浅くなる。


「……今、誰も操作してない。

ファイφが……自律的に反応した」


龍が画面を覗き込む。

「エリア・D・スコティア……?

さっきの“スコティアの鍵”と一致してる……」


天城が低く言った。

「Elionじゃない。Eliaだ。性別も違う。

でも、D・Scotia――ミドルネーム“D”は共通してる」


カヲルは、震える声で言った。

「……これは、世界の“外”からの語り。

Elionが“器”なら、Eliaは――鍵かもしれない」


龍が息を呑む。

「じゃあ、スコットランドには……二人いるってことか?

語りの器と、記憶の鍵。都市の“記憶”と“開示”が、同時に存在してる?」


天城は、しばらく黙っていた。


そして、ゆっくりと口を開いた。

「……スコットランドに行くぞ」


龍が目を見開いた。

「は? 行くって……俺も?」

天城は頷いた。

「当然だ。お前が“語りの器”を拾ったんだ。

現地で何が起きてるか、確かめる必要がある」


龍は眉をひそめた。

「いやいや、俺、仕事あるし……店もあるし……」


天城は即答した。

「夏季休暇だ」

龍は絶句した。

「いやいやいや、9月っすよ?夏休みって・・

金ないっすよそんな……」


天城は、ゆっくりと龍の肩に手を置いた。

「金? 俺を誰だと思ってる?

公安の任務だ。瀬貝カヲルの捜索――正式任務として、同行を要請する」


カヲルが吹き出した。

「……それ、私ここにいるんですけど」


天城は真顔で言った。

「“ここにいる”ことと、”真実の震源にいる”ことは違う。

世界が記憶を語りたがってるなら――

その声を、現地で聞く必要がある。

金の心配は無用だ。公安の任務だ、

必要なものはすべて手配する」


龍は喜んだ。

「うっそ!?マジか!!そんな事できるの!?

・・・ん?、あ、……俺、パスポートどこだっけ……」


天城は笑いながら言った。

「パスポート?だから言ってるだろ。公安の任務だ。

必要なものは全部揃える」

「そ、それも?!……ヤバすぎる……」


カヲルは笑いながら言った。

「龍さん、記憶の声が呼んでます。

“語られる前に、語る”ために――スコティアへ」

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―この世界は演出されている—感情感染国家と記憶反乱都市の真実戦争—— 天声シンゴ @issadmt

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