笑いのセンスが無さすぎて大阪を追放された俺、 老落語家に弟子入りして修行の末── 落語の力でM-2グランプリを制す! 「実家に戻ってこい?」ああ、京都土産持って帰るわ!
寿司バナナ
第1話 笑いの都
京都の朝は、冷える。
バス停に降り立った瞬間、鼻先がきゅっと縮むほどの冷気が刺さった。
人通りの少ない商店街を歩きながら、俺は自嘲する。
昨日まで芸人だった男が、今はただの無職。
そんなとき──目に入った。
古い木札に墨の文字。かすれていて読みにくいが、確かにこう書いてある。
『柳葉亭』
その奥から微かに、人の声が聞こえた。語り声……いや、これは。
「……落語?」
吸い寄せられるように引き戸を開ける。
薄暗い座敷の奥に、一人の老人が座布団に正座していた。
白髪をオールバックに撫でつけ、薄い着物。手ぬぐいを膝に置き、静かな目でこちらを見据えている。
その目に射抜かれた瞬間、背筋が伸びた。
「来たか」
低い声。だが耳に心地よく響く。
「……風の噂で聞いとった。大阪でスベって逃げてきた若いのがいる、てな」
俺は慌てて頭を下げる。
「す、すみません! 俺、芸人やってたんですけど……笑いのセンスなさすぎて追放されて……。あの、弟子に──弟子にしてください!」
……情けない。でもそれしか言えなかった。
老人はしばらく俺を見つめ、それから湯呑みを差し出す。
「まずは茶を飲め。話はそれからや」
湯呑みはぬるかった。けど、掌はなぜかじんわり温かくなる。
老人──いや、この人はきっと只者じゃない。そう思わせる迫力があった。
「……あんた、笑いがしたいんやな?」
「……したいです。けど、どうすればいいのか分からなくて……」
老人はゆっくり言う。
「笑いは“声”や。“命”や。人の息づかいの中にある。間を恐れるな。黙っとっても伝わるもんがある」
“間を恐れるな”──その言葉が胸の奥に深く刺さる。
老人は立ち上がり、背筋を伸ばして名乗った。
「わしの名は、柳葉亭・菊籬。死ぬまでに一度、人を本気で笑わせる弟子を育てたいと思っとる」
差し出された手は、皺だらけだったが、どんな舞台の照明よりも眩しく見えた。
俺は迷わずその手を握る。
「真中笑太です!……俺、もう一度笑わせたいです。誰かを!自分を!」
菊之丞師匠の口元が、ゆっくりと緩んだ。
「ほな、今日から弟子や。落語の初稽古──始めるで」
こうして俺の第二の芸人人生……いや、“落語芸人”としての日々が動き出した。
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