第4話 男湯と女湯のお試し入浴
「これが……秘湯……なのですね」
イスカがまだ僅かにしか見えないそれに息を呑んでいる。
ゴーレムは俺の反応を待っていて、ゴブリン達はただ呆然としていた。
「独特な匂いでヤンスねえ。なんか、癖になりそうな」
ガーゴイルレッドは、漂ってくる硫黄に近い匂いに鼻をヒクつかせていた。だがこれは硫黄とも違う。
温泉好きだった俺だが、こういった匂いは初めてだ。それにしても、なんて神々しい眺めなんだろう。
ゲームでもやたらと派手なグラフィックだったが、現実で見たそれは全く違う。
「ああ……これだ。これなら、いけるはずだ。だが、まずは確かめねばなるまい」
「何をですかな?」
ドワーフの長は興味津々に尋ねてきた。いつの間にか秘湯をぐるりと囲むように、大勢のドワーフや魔物が集まっている。
「もちろん、温泉として充分に堪能できるものであるかだ。ゴーレム、もう少し周囲を掘ってくれ。大体、ここから……ここまでくらいだな」
俺は歩きながら、いくつかの岩を目印にして、ゴーレムに広く掘ってくれるように頼んだ。
「ゴブリンとガーゴイル、それからドワーフのみんなは、ゴーレムの掘削を手伝ってほしい。俺は女湯の場所について設計し直そうと思う。けっこう遠いが、あっちに作れそうだぞ」
「「「女湯!?」」」
この一言に、喋れる魔物達とドワーフがどよめく。そりゃ必要だろ女湯。
「で、でもレオン様。あっしらの男湯と、向こうの女湯は距離があり過ぎじゃないですかね」
「うむ。ワシも思ったんじゃ。不用心ではないかな」
不用心? ドワーフの意見は意味不明だったが、なんか鼻の下が伸びてて怪しい。
「いや、こういうのはなるべく離したほうがいいんだ。柵も用意しなくちゃいけない。覗くやつも出てくるからな」
ギク……という反応をしたガーゴイルとドワーフ。こいつらが覗かないようにしっかり防犯対策をする必要があるな。
とにかく、この急な発掘の進展があったおかげで、まずは温泉を先に仕上げる方向に舵を切ったところ、一日もしないうちに男湯と女湯を作り上げることに成功したのだった。
◇
出来上がった温泉は、もう圧巻という以外に表現しようがないものだった。
広い岩場に囲まれた湯は、黄金の光が周囲を照らし、湯気や温泉そのものは透明だった。濁り湯ではないようだ。
「よし、ではお前達。いくぞ」
「へ、へい!」
「ギャギャー」
「これが温泉ですか。いやー楽しみじゃ」
とにかくまずやるべきは、この温泉を実際に体験してみること。入ってみたら全然気持ち良くなかった、では大失敗だからだ。
一応裸が外から見られないように、急ごしらえの柵を周囲に設置した。続いてお湯を沸かした洗い場も設置してある。
「旦那! これはなんです?」
「洗い場だ。温泉に入った後に体を洗う。それと、温泉に入る前はかけ湯というものをするぞ。今から俺がやってみせるから、みんなも真似してくれ」
魔物とドワーフは見よう見まねで、一緒になって体を流していた。
「ギャギャ!?」
「なんか、もう気持ちいいっす」
「これだけで十分温まるのう」
いつもは冷たい水で体を洗っているのだから、ちょっとお湯を流すだけでも充分気持ち良い。懐かしい感触に、自然と胸が熱くなってくる自分がいた。
だが本番はこれから。気を抜いてはいけない。
「よし。では……行くぞ」
まずは一番最初に、俺が温泉へと足を入れてみる。なかなかに熱い。この温度は寒い季節には堪らない。
ゆっくりと腰まで下ろしてみる。この時、前世で幾度となく入ってきた温泉や風呂と、決定的に違う何かが起こった。
「お、おおおお……!」
なんだこの気持ち良さは?
皮膚に浸透してくる湯が、暖かさと同時に言いようのない快感を運んでくる。気づけば肩まで浸かっていた。
「じゃ、じゃああっしも」
「ギャーギャーギャー」
「ふむ……おぁあーーー!?」
ドワーフの老人は、湯船に足を入れただけで驚いている。
ガーゴイルは「あわわわぁ」と湯船に浸かった後に体をバタつかせ、ゴブリンは「ギャ……アア」と遠い目になっていた。
少し後に聞いてみたのだが、どうやらそれぞれ感じた心地良さが違っていたらしい。
原作では神の温泉などと称されていたそれは、誰にも解明できない不思議な効果と魅力に溢れていた。
「なんという快感だ……ずっとここにいたい」
俺は身も心も安らかで、まるで天国にでも昇ったかのような錯覚を覚えていた。
まあ、天国なんて一度も行った覚えはないけれども、きっとこんな風に満たされた世界なんじゃないかと思ってしまう。
みんなも満ち足りた笑顔になり、俺たちは幸せな気持ちで同じ時を過ごした。
しばらくして温泉から上がった時、誰もが入る前とは見違えるように元気になっていた。
ドワーフなんて飛び上がって驚いていたっけ。
「な、なんじゃ!? 腰痛が……何十年と悩んできた腰痛が、すっかりなくなっておる!」
「この秘湯には、そういう効果もあるんだ」
「素晴らしい。このような素晴らしい秘湯が眠っておったとは! レオン殿、改めてあなたにお礼を申し上げたい。よくぞここに来てくれた!」
マッチョ爺さんは感極まって、握手をした俺の腕をブンブン振った。痛い、痛いって!
着替えをしてみんなの前に戻ると、誰もがドワーフ長の変化に驚いていた。
「え……ご主人様。その、何か変わったような……」
イスカがハッとした顔でこちらを見上げている。俺は特に変化がない気がするんだが。
「あああ、マジでヤンス! 旦那がまたカッコ良くなったでヤンスー!」
「いや、変わってないと思うぞ。そういうお前は翼が長くなったか?」
まあ、美肌効果もあるから、そのせいでカッコ良くなったように映るのかも。
「とにかく、男湯のほうは大丈夫だ。次は女湯の検証だが……イスカ、頼めるか」
「え、私がですか」
せっかくなので、女湯も試しておきたい。ここはやはり女子に入ってもらわないと。
イスカは珍しく目が泳いでいたが、やがて小さく首肯してくれた。
◆
(ご主人様……また素敵になってた)
男湯から少しばかり歩いた先にある、ほぼ同じ広さの女湯に、彼女は恐る恐るやってきた。
敬愛する主の頼みとなれば、断るわけにはいかない。
イスカにとって、レオンは憧れの存在だった。家が貧しかった彼女は、幼い頃にメイドとして働きに出されることになり、スフィーダ伯爵家に雇われた。
元々の無愛想な雰囲気から、いじめに遭うことも頻繁で、彼女は酷いホームシックにかかったことさえある。
しかし、そんな子供に対して、いつだって優しかったのが当主のレオンである。彼はいじめを受けていた事実を知り、それから積極的にイスカを守ってくれるようになった。
時が流れ、彼女は主人のおかげで一人前になった。そしてちゃんと居場所を手に入れていた。レオンが作ってくれた場所だ。
(あのお方の為なら、私はどんなことでも頑張れる)
正直、温泉というものに入るのは怖い。かけ湯というものをしてみたが、暖かいけれど何か妙な感覚がある。
それでも少女は、勇気を出して黄金の光を纏う温泉へと、白くしなやかな足をそっと入れてみた。
「……んっ」
想像していたより熱い。しかし熱が足に伝わった時、予想もしていないことが起きる。拒むよりも、もっと入りたいという衝動に駆られた。
「こ、これ。これって」
動揺しているのに、体は動いてしまう。
(体が勝手に? 私、どうして)
ふくらはぎに太もも、それからお腹まで浸かってきたところで、全てが優しく温められていく感じがした。
「……あ! ああ」
チャプン、チャプンという音と共に、いよいよ彼女は肩近くまで湯に浸かる。柵がない所から見える山と川は、見晴らしがよく素晴らしい景観だった。
「何これ……あっ、凄い……凄い」
しかし、イスカは眺めを堪能する余裕すらなかった。顔が桃色に染まり、隅々まで血行が促進されていく。
暖かな湯が少女の至るところに染み渡り、あまりの気持ちよさに小さく体が揺れてしまう。
「くぅ……温泉って、気持ちいぃ」
普段は氷のように無表情な顔が、波のようにやってくる心地良さでトロけていった。
異世界温泉無双!〜崖っぷち悪役貴族だったけど、秘湯を掘り当てて人生逆転しました泣〜 コータ @asadakota
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