第2話
1995年10月10日、かの大阪の地に爆誕。もし、自分を紹介するとしたら美和子ならこう書くだろう。
凪は吸い込まれるように入ったコンビニで、水のペットボトルを手に取りながら思った。89円のプライベートブランドにするか、それとも100円越えのメーカーのものにするか。凪は水を買うときですら、迷うのだ。
「なんかねえ、硬水飲んだ方が調子ええねんなあ。」
メーカー物のペットボトルを持ちながら、前の職場の同僚・倉木はよくそう言っていた。少し鼻の穴を膨らませて、そこから吹く息はぬるく、決して浴びたくないと、いつも凪は体を少しずらして聞いていた。
意識高い系。そう言ってしまえば倉木について簡単に説明できてしまう。ただ、本当に意識が高いならマイボトルを持参しているのではないかと凪は内心思っていた。正直、軟水とか硬水とか言われても凪には違いがわからなかった。分かるのは日本の水道水が美味しいって事ぐらい。
再びペットボトルに視線を戻すと、嫌でも目はラベルに行ってしまう。どんな色でどんなフォントでどんな配置なのか。職業柄、すぐ気にしてしまう癖が抜けない。
凪は目を擦ると、下の段に手を伸ばし120円の老舗メーカーの麦茶を手に取ると、その足で会計を済ませ、店を出た。
腕時計は5時を示す。しかし、空はまだ濃紺に近く、眠たそうだ。空気が冷たい。
凪は来ていたジャージのファスナーを上まで閉めると、立てた襟に口元を埋めた。こうすると妙に安心する。誰かに抱きしめられているようなそんな感覚にすら陥る。
襟元からふわりと微かに香るのはタバコの匂い。慎重に逃さないように深く息を吸い込み、凪は電柱にも垂れた。この匂いを嗅ぐと、安心する。
早く戻って匂いの主に抱きしめられたい。そんな願望に凪はずぶずぶ浸っていた。
しかし、それはもう叶わない事をポケットの中で震える何かが告げようとしていることを凪はまだ知らない。
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