深夜のサンドイッチ理論-文元達也
@fumimoto_00
深夜のサンドイッチ
夜中の二時、文元達也はキッチンでサンドイッチを作っていた。
パンを焼く音だけが部屋の静けさを破り、トースターの赤い光が小さな太陽のように僕の孤独を温めていた。
冷蔵庫の中にはレタスがしんなりしていて、ハムは少し端が乾いていた。人生とはそういうものだ、と僕は思う。いつだって少し乾き気味で、ちょっとだけ冷たい。
冷めたマグカップにコーヒーを注ぎ足しながら、僕はマイルス・デイヴィスの「Blue in Green」を流した。
音はゆっくりと空気を満たし、僕の作るサンドイッチの層と混ざり合った。パン、ハム、チーズ、レタス。そしてパン。
まるで人生の構造みたいだ。柔らかい部分と塩気のある部分、それから味のしない層。人はそれを全部まとめて「自分」と呼ぶ。
かつての恋人は「あなたの人生にはジャムが足りない」と言った。
僕は「甘すぎると喉が渇くんだ」と答えた。
それきり彼女は帰ってこなかった。多分、もっとちゃんとした例えを使うべきだったのだろう。
窓の外では、誰かが猫を呼んでいる声がする。
猫は応えない。猫はいつだって沈黙の専門家だ。もし世界が彼らのルールで動くなら、きっとニュースもSNSも半分で済むはずだ。
僕は猫が好きだ。理由は、あいつらが僕を必要としていないからだ。
サンドイッチを皿に置き、半分に切る。切り口が妙に美しい。構造がむき出しになった瞬間、世界は少しだけ正直になる。
僕は一口かじり、しばらく噛んでみる。ハムの塩気が口の中で小さな会議を開いている。レタスはその議題に反対しているようだ。結論のない議論。僕の日常はたいていそんな感じだ。
テレビをつけると、深夜の料理番組で司会者が「愛とはタイミングの問題です」と言っていた。
なるほど、僕のパンが少し焦げたのも、たぶんタイミングの問題だろう。愛も、パンも。
サンドイッチを食べ終え、マグカップの底を覗く。
そこには黒い円が残っていた。僕はその円をしばらく眺める。まるで小さな宇宙のようだ。
多分、僕たちはそういう小さな円の中で、何かを失ったり、何かを信じたりしているのだ。
時計は二時四十五分。世界は静かすぎて、僕の噛む音だけが現実だった。
僕は残った半分のサンドイッチを冷蔵庫に入れ、ドアを閉めた。
明日の僕がそれを食べるかどうかは分からない。
でも、きっとそれでいいのだと思う。人生はだいたい、冷蔵庫の中のサンドイッチみたいなものだから。
深夜のサンドイッチ理論-文元達也 @fumimoto_00
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