第2話 泡って肌にいいって聞いたんだけど!ー初めての討伐依頼ー
第2話 泡って肌にいいって聞いたんだけど!ー初めての討伐依頼ー
「泡って肌にいいって聞いたんですの!」
その一言で、ギルドの空気が止まった。
椅子を引く音すら、凍りつく。
受付嬢が震える声で呟く。
「……清潔姫が、“泡”を……」
「“泡”を口にしただと……?」
「伝説の果実、泡実を……ついに……!」
(え? ちょっと待ってくださいまし。わたくし、ただの洗顔談義を……?)
兄のガルドが勢いよく立ち上がる。
「姉貴が言ったんだ、“泡実を取りに行く”って!」
「よくぞ口にされた! 泡の聖戦が始まる!」
(待って、そんなRPGみたいな始まり方しますの?)
場の熱気が急上昇していく。
知らないうちに“泡”が神話ワードになっているらしい。
「泡実って、そんなに貴重なんですの?」
セイラの問いに、受付嬢が青ざめた。
「泡実は……“魔王の毒沼”にしか咲かない果実です。
人が触れると皮膚が焼けるほどの毒気。
数百年前、それを洗い流した者が“聖女”と呼ばれたとか……!」
「……あらまあ。わたくし、ただ泡立つ果物だと……」
(完全に聞き間違えましたのね、誰かが。)
兄弟はすでに装備を整え始めていた。
鎧の金具がカチャカチャ鳴る。
「姉貴、行こう! 我らが支えます!」
「泡の巫女様に、泥など触れさせはしません!」
(いや、泡立てネットも持ってませんのに……。)
ギルドの外では、すでに噂が広がっていた。
「清潔姫、毒沼へ赴く!」
「穢れを祓う儀式が始まるらしい!」
広場では花まで撒かれていた。
(いやいや、ただのスキンケア素材採取が宗教行事ですの!?)
セイラは軽装で、旅支度も最小限。
一方、周囲の冒険者たちは全身鎧の完全装備。
「姫の後を汚してはならぬ!」
「靴底を洗ってから歩け!」
「……ちょっと潔癖が過ぎますわよ?」
沼地に着くと、空気が重く変わった。
どろりとした香り、湿った風。
地面に泡がぷくぷくと浮かんでいる。
(これが“毒沼”? いや、泡が……かわいらしいですのね。)
セイラはスカートをつまみ上げ、慎重に足を運ぶ。
目の前で、丸い果実がふよふよと浮かんでいた。
光を吸って淡く揺れる姿は、たしかに神秘的。
「見つけましたわ、泡実!」
指先でつまむ。
柔らかく、冷たく、そして……ぷにぷに。
(スライムみたいで癖になりますわね。)
その瞬間、足を滑らせた。
「きゃっ!」
泥が跳ね上がり、頬をかすめる。
反射的に体をひねった。
――泥弾が背後を通り過ぎる。
「おおっ、泥さえ触れぬ……聖域だ!!」
「姫の周囲、汚れが避けているっす!!」
「違いますの、ただ避けただけですの!!」
それでも、彼らは戦闘態勢に入っていた。
魔物の群れが現れ、泡実を守るように蠢いている。
セイラはしゃがみこみ、泡実を守るように両手で包んだ。
――風が吹く。
泡が舞い、陽光を反射して白く光る。
幻想的な光景に、仲間たちは息を呑んだ。
「見ろ! 穢れが清められていく……!」
(いや、風が吹いただけ……でも綺麗ですわね。)
「清潔とは、運ではなく、避ける努力ですの。」
思わず口にすると、後光でも射したように見えたのか、
周囲の冒険者が一斉にひざまずいた。
「清潔姫、泡の奇跡を起こされた!」
「この地は今、清められた!」
(どうしてこうなりますの……。)
セイラは小さくため息をつき、泡実をそっと袋にしまった。
泥の上で光がゆらめき、空が晴れていく。
「……たまたま晴れただけですのに。」
翌日、ギルドの壁に新しい貼り紙があった。
『清潔姫、泡の聖戦を制す!』
(ちょっと待ってくださいまし、洗顔料採りでしたのよ?)
指先の泡実が、小さく弾けた。
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