好きな子のカバンに入っていたら最高な本、ラノベ。
フリオ
第1話
中学二年生の夏頃になると僕の身体にも成長期が訪れ、クラスの女子の身長をおおよそ抜き去ることに成功し、幼稚園の頃以来となる人生で二度目のモテ期が到来した結果、クラスのマドンナ的役割の女の子とお付き合いすることになった。
名前は黒瀬智花さん。告白はお相手からだった。
黒瀬さんの告白は女子中学生にしてはとてもスマートだったのを覚えている。
「放課後、いいかしら?」
と昼休みに声を掛けられ、放課後になって図書室に向かうと、告白というよりかは提案に近い声色で、「わたしたち、付き合わない?」と言われた。この頃の僕というのは、クラスの女の子全員を好きになるという軟派な性格だったので、心根では浮つきながらも、ただ冷静に「いいよ」の一言で応えた。
お付き合いを開始してからは、キスやそれ以上をするその前に図書室で逢瀬を重ねた。
何か特別な理由があるわけではなかったけど、クラスメイトには僕たちが付き合っていることは秘密だった。中学生の恋愛というのは、多くの場合、周囲の人間には隠れて付き合うのが常識だったのだ。
ということで誰もいない放課後の図書室で隠れて会っていたのである。
「晴彦くんは、顔が良くて、背も高くて、運動神経が抜群で、それでいていつも本を読んでいるから知的な印象がある。一年生のときは、そんなに目立ってはいなかったけど、二年生になったら、女子の話題の中心は君だった」
黒瀬さんはノートに何かを書きながら、僕の印象をそのように語った。図書室には黒瀬さんがペンを走らせる音と、僕が本を捲る音があった。窓から差し込んだ夕日が、宙に舞った埃に反射してキラキラと輝いている。
「それは?」
「これ?」
黒瀬さんは僕が読んでいる本を覗き込むように見つめていた。
本にはブックカバーが着いている。僕は本屋さんで本を買うときには、必ずブックカバーを着けてもらうようにしていた。本を汚したくないとか、店員さんの手際の良いブックカバーの装着を見るのが好きとか、他にも様々な理由があったけど、なにより店員さんの「ブックカバーお着けしますか?」という質問に、どうしても「はい」としか答えられなかったのが原因だった。
「晴彦くんは、いつもどんな本を読んでいるのかしら? 好きそうなのはアルベール・カミュだけど、蓮太郎くんの雰囲気だとドストエフスキーなんて似合そう。日本の小説家だったら、そうね……中村文則なんて素敵かも」
黒瀬さんは湿ったような声で、有名な小説家の名前を上げていく。これらの小説家は、黒瀬さんが考える彼氏が読んでいたら素敵な小説家たちだった。それを考えたら、黒瀬さんとお付き合いをする上でこの情報はとても重要だったのだけど、僕はこれらの小説家の名前を聞いても、ふーんと思う程度にしか考えていなかった。
今にして思うとこのときの僕は些か正直者だったのだ。好きな女の子の前では格好を付けるべきだったし、理想の小説家を羅列した黒瀬さんに配慮をするべきだった。少なくとも申し訳なさそうにするべきだったのに、ブックカバーを丁寧に外し、本の表紙が黒瀬さんからよく見えるように持った。
「『可愛ければ変態でも好きになってくれますか?』だよ」
「はい?」
そのタイトルを聞いたとき、黒瀬さんはこれでもかと困惑した。
表紙には、学生服がはだけて小さなおっぱいがほぼ見えている状態の金髪美少女、古賀唯花(かわいい)がペタンと座って上目遣いでこちらを見ているイラストがあった。古賀唯花(かわいい)の小さな左手には脱ぎ掛けのパンツが引っかかり、ブラはストンと落ちるようにお腹のおへその辺りで留まっている。つまりエッチなイラストがそこにはあったのだ。
「……別れましょう」
「え?」
あまりにも唐突な別れの言葉に、今度は僕が困惑をする番だった。
「エッチな女の子のイラストが表紙になっているような小説を読んでいる男子とは付き合えません」
「そ、そんな!」
「さようなら」
黒瀬さんは図書室から立ち去った。
図書室に取り残された僕はしばらくの間その場に座り続け、やがて痛みを誤魔化すように誰もいない図書室を練り歩いた。ライトノベルには名作がいくつもある。読んだら女の子にフラれるような本じゃない。
過去に読んだラノベの名作たちが脳裏によぎるなか、本棚に置かれた本たちを呆然と眺め、おそらく失恋をキッカケにアスリートで言うゾーンのような状態になっていたのだろう、僕たちの青春を決定的なものとする、とある事実に気づく。
図書室には本がたくさんあったのに、ライトノベルは一冊もなかったのだ。
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