灰色の方舟ーThe Gray Arkー
星龍エト
I:ECHO
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※※この小説はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません※※
無数の星々が瞬く、果てしない宇宙空間。
その漆黒の静寂の中に、小さな灰色の影が浮かんでいた。
小惑星を基に作られた方舟は、遥か昔に起きた大災害など記憶になかったかのように、滑らかな装甲を身に纏い、表面は冷徹な光を鈍く反射する。
人々はこれを「銀光のルミセル」と呼び、直線距離80kmにも満たない小さな機体でありながら、千万人もの民を乗せてただひたすらに星間を漂流し続けていた。
故郷を失った人類の灰色の方舟。
それが、彼らの「世界」だった。
船体の分厚い装甲の向こう側、最上層の居住区にある縦式睡眠ポッド。
閉じられたシェルターの中に、星々を投影したモニターがぼんやりと光を放っている。
そこにふわっと浮かんだ白い球体。
眩い恒星とは異なり、その惑星はただ静謐に、優しい光を放っているが、どこか憂いを帯びていた。表面には、無数の微細な衝突の痕跡が、長い歴史の物語を刻んでいるように見える。
──地球。
この旅の始まりであり、そして人類が永遠に失った故郷。その惑星は、少年の胸に言い知れぬ神秘と、切実な憧れを抱かせる。
「ねえ、
少年は、 冷たいシェルターの中で、穏やかな浮遊感に身を任せ、わずかに声を発した。
その声は、誰の耳にも届くことはなく、虚空へと吸い込まれていく。返ってくるのは、冷たい機械の駆動音だけ。
宇宙の冷気が直接伝わるわけではないのに、なぜか皮膚の下に突き刺さるような、微細な振動を感じる。
それは痛みすら伴わない、ただの虚ろな震えだけだった。
「地球って、どんなところだったの?」
「データベースを検索……地球とは、方舟紀元前太陽系終焉に伴い、人類が居住不可能となった起源の惑星です」
無感情で抑揚のない、機械的な合成音声。まるで目の前の白い惑星が、ただの過去の記録でしかないとでも言うように方舟の統括AIは答える。
少年はかすかに眉をひそめた。
「もう……そこへは、永遠に行けないの?」
彼の胸から漏れたのは、絞り出すような、誰に聞かせるわけでもない小さな独白。それは、彼自身の叶えることができないであろう、切実な願いだった。
しかし、GRAYSはそんな少年の微かな心の変化を気に留めることはなく、
「はい。人類の故郷への座標は、現在の方舟では参照できない情報です。
我々は人類を導く超文明『テロス』を目指しており、貴方は方舟の未来を担うように育てられています」
とだけ冷徹に答える。
少年は軽くため息をつき、モニターの星を閉じた。
それは、彼にとって、唯一許された逃避行の出口。
しかし、彼の首筋には、冷たい鎖が巻き付いていた。鎖の先は、方舟を率いる総司令一族の血統。その首輪に繋がれて、決められた進路、決められた人生を歩まなければならない。
方舟の未来のために生きる——。
それは、「弱さ」と「不完全」を許さない、冷徹なまでの優秀性の追求だった。
そして、彼の体の弱さは、この抑圧された環境から逃れる術を持たないことを意味していた。
無情にも断ち切られた望みは、誰にも語れず、叶うことはないであろう。
帰郷への微かな願いは、方舟エンジンから聞こえる地響きに埋もれ、心の奥底に閉じこめられた。
それでも鈍色の躯体は、冷たい宇宙を漂い続ける。
人々がどこから来て、どこへ向かうのか。
その答えを、彼はまだ知らない。
少年の物語は、この途方もない旅路の只中で、静かに幕を開ける。
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