第十一話:三つ巴の乱戦と、水の槍

神社の地下水脈は、突如として三つ巴の戦場と化した。


地下の清浄な水流は、辰砂しんしゃが持ち込んだ黒い瘴気と、一葉いちようの禁呪によって貼られた呪符の光に照らされ、不気味に揺らめいている。


辰砂しんしゃ…!叢雲むらくもの幹部め!」みそぎは水脈に両手を浸しながら、禁呪を解く作業を続けていた。彼の清浄化の力は、穢れと禁呪の二重の圧力に晒され、限界に達しつつある。


「久しぶりだな、水龍の古い臣下ども」辰砂しんしゃは薄笑いを浮かべた。「邪魔だ。ここは我々がこの街の水源を完全に掌握する場所だ。九ノ会(くのかい)もろとも、消えてもらおうか」


辰砂しんしゃが手を振ると、背後に控えていた支配下の行政の要人たちが、虚ろな目つきで鈍い音を立てて崩れ落ちた。彼らの肉体は、辰砂の穢れの力によって腐敗し、汚染された水の塊と化し、水脈へと流れ込もうとする。


「止めろ!」じんは美咲の前に立ち塞がり、武術の構えを取った。「龍神様、奴の穢れに触れるな!水脈が汚染されるぞ!」


美咲の反撃


美咲は、その光景を直視した。穢れによって命を奪われ、道具と化す人々の姿。その悲惨さが、美咲の心の底にあった『日常への執着』を、『世界への危機感』へと明確に変えた。


(憎しみじゃない、絶望でもない。穢れを許さないという意志!)


美咲は、装束の袖を水脈に浸した。彼女の心は、じんとの実戦訓練で恐怖を乗り越え、生存への確固たる意志を水の膜として具現化させた、あの時の感覚によって、淀みなく澄み切っている。


「細糸(さいし)、展開!」


美咲の指先から、滝壺の訓練で目指した髪の毛よりも細い水流が、無数に、しかし正確に射出された。清浄な水の糸は、辰砂しんしゃが送り出した汚染された水の塊を、その穢れごと切り裂き、分解していく。


「ほう?力を制御し始めたか。だが、その程度の力で、我の穢れの支配は止められん!」辰砂しんしゃは笑った。


その隙を見逃さず、美咲はすべての水流を一本の水の槍へと収束させ、辰砂めがけて放った。


水の槍は、清浄な意志を纏い、穢れの瘴気を切り裂いて辰砂しんしゃの胸元へと突き進んだ。


「ぐっ…!」


辰砂は、咄嗟に両手を交差させ、黒い瘴気で防御したが、水の槍は彼の胸元を掠め、装束を切り裂いた。


九ノ会の動きと辰砂の狙い


「無様な姿だな、辰砂しんしゃ!」一葉いちようが叫んだ。「水龍の力は、その穢れを断つ!」


一葉いちようは、美咲と辰砂しんしゃの戦いを利用し、美咲の注意が辰砂しんしゃに向いている間に、地下水脈の最後の封印点に禁呪の札を貼り付けた。


バチィッ!


最後の札が貼られた瞬間、清浄な地下水脈全体が、青白い禁呪の光に包まれ、水流は硬化し、完全に封鎖された。


「成功だ、碧斗あおと!」一葉いちようが冷たく笑う。「これで、水龍の力の源は絶たれた!」


美咲は、水脈が封鎖された瞬間に、全身から力が抜け、心臓を鷲掴みにされたような感覚に襲われた。体表の水の膜は霧散し、装束の白と青のラインが、力を失ってくすむ。


「無駄だ、くのかいノ会の小僧」辰砂しんしゃは、切り裂かれた装束の胸元を抑えながら、不敵に笑った。「我の真の目的は、水脈の封鎖ではない。その清浄な水を、汚染することだ!」


辰砂しんしゃは、先ほど美咲の攻撃で切り裂かれた装束の傷口から、濃縮された穢れの力を、硬化された水脈の表面に叩きつけた。


「水は清浄ではあるが、硬化すれば、それはただの器だ!」


穢れは、禁呪で硬化された水脈の表面から内部へと染み込み始めた。


美咲は、力の消失と、目の前で自分の拠り所が穢れていく光景に、再び絶望に飲み込まれそうになった。


「龍神様!逃げるぞ!」じんは美咲を抱きかかえ、地下水脈から脱出した。


くのかいノ会は目的を達成し、叢雲むらくもの幹部は新たな目的を達成した。美咲は、初めて力を制御できた喜びと、力の源を完全に絶たれた絶望を同時に味わうこととなった。

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