第十話:水源の封鎖と、初めての防御

翌日の夕刻。


水守みずもりのみやの宮の結界が、突如として激しく揺れた。


滄海 おうみ みそぎが神社の奥から鋭い声を上げる。「来ましたか!くのかいノ会です!目標は、地下の水脈!」


美咲は禊に言われるまでもなく、その異常を感じ取っていた。彼女の体表に、微かな水の膜が震えている。美咲が座っている部屋の床下、大地の中を流れる清浄な水流が、禁呪によって固く閉じ込められようとしているのだ。


じん!龍神様を護衛し、結界の修復を!」みそぎは叫んだ。「私は地下へ!水源の封鎖を食い止めます!」


「待って、みそぎ!私も行きます!」


美咲は反射的に叫んだ。このままでは、訓練で使える清浄な水がすべて失われる。それは、美咲が生き残るための手段を奪われることに等しい。


「駄目です、龍神様!」じんが強く反対した。「地下はくのかいノ会の本陣!あなたの命が最優先です!」


しかし、美咲の決意は固かった。彼女は装束の袖を握りしめた。


「昨日、じんから教えてもらった。『水流の予測と回避』なら、できる。ここで清浄な水を失ったら、禍津まがつの精神攻撃に抗うこともできなくなる!じん、私を信じて!」


美咲の瞳には、かつての平凡な高校生の迷いはなかった。そこにあるのは、生きるために戦う者の強い光だ。


じんは美咲の目を見て、一瞬ためらった後、深く頭を下げた。


「…承知いたしました。この水守 みずもりじん、命に代えても龍神様を護衛いたします!」


美咲とじんは、みそぎを追って神社の地下へと続く、古びた石段を駆け下りた。


地下には、巨大な清浄な水脈が脈打っていた。その水脈の周囲には、青白い光を放つ禁呪の札が無数に貼り付けられ、水流を硬化させ、封鎖しようとしていた。


その中心に、一葉いちよう碧斗あおとの姿があった。


「美咲…!」碧斗あおとが驚きに目を見開いた。


一葉いちようは美咲を無視し、冷徹に呪文を唱え続ける。彼の右手首の禁呪の紋様は、激しく脈動していた。


「間に合いましたか…!」みそぎが地下水脈に飛び込み、両腕を水に浸した。


「清浄化(せいじょうか)!」


みそぎの体から放たれた清浄な気が、禁呪の札を次々に弾き飛ばしていく。禁呪を解くことは、みそぎ自身の命を削る行為だった。


「邪魔をするな、水龍の臣下!」一葉いちようは、呪文を中断し、美咲めがけて禁呪の短刀を投げつけた。


美咲は、その一瞬の殺意の波動を、修行で身につけた『速習の剣』の能力で感じ取った。


(来る…速い!)


美咲の体が、じんの指導の通り、本能的に動く。美咲の体表に纏う水の皮膚(薄膜)が、飛来する短刀の風圧を感知し、美咲の体を紙一重で回避させた。


「避けた…だと?」一葉いちようは驚愕した。前回、美咲がただの無力な高校生であったことを知っているからだ。


じん!龍神様を背後に!」みそぎが叫ぶ。


「龍神様、今の防御は完璧です!ですが、反撃はまだ早い!」


その時、地下水脈の上部を覆う岩盤が、突然黒い瘴気と共に崩れ落ちた。


「ふん。騒々しいな」


叢雲むらくもの幹部の一人、辰砂しんしゃが、余裕の笑みを浮かべながら降臨した。その背後には、彼が支配下に置いた行政の要人たちが、虚ろな目つきで控えている。


くのかいノ会も、水龍の臣下も、目的は同じ。どちらも邪魔だ」


辰砂の出現により、戦場はくのかいノ会(短命の禁呪)、水龍の臣下(清浄)、そして叢雲むらくもの幹部(穢れの支配)という三つ巴の極限状態へと変貌した。

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