第52話

「グリーンモンスターすげぇ!」

 昨日から引き続き、ヴァルさんは葛賞賛。

 どうやら、葛という名前は憶えていないのか、ずっとグリーンモンスターと呼んでいる。いや、もしかすると、「葛」という表現ができないこの世界では「クズ」って響きが好まれないのかもしれない。

 知らない人が葛が~葛だよ~葛は~って会話してるの聞いたら驚くかもしれないから、まぁいいのか?うーん。

 黒い水を入れたバケツの、分離した上澄みの黒い水をそぉーっと捨てる。

「なんかちょっと白っぽいものが本当にできた!すげぇなフワリ!これを乾燥させれば出来上がりか?タッターゲ食べられるか?」

 めちゃくちゃいい笑顔でキラキラお目々で尋ねられましたが、すいませんねぇ。

 新しく水を入れて拡販。

「え?どういうことだ?」

「まだ白くなかったでしょ?これを繰り返すの」

 水を混ぜ混ぜすると、昨日はブラックコーヒーのような水の色だったのに、今日はカフェオレのような色の水になる。

 くっ。コーヒーが飲みたい。

「え?それって、もしかして……」

「うん、まだ出来上がりじゃないよ?」

 ヴァルさんがショックを受けているけど……。これはあくを抜く意味合いもあるから大事なんだよ。

「時間がかかるんだな。仕方がない。またな、グリーンモンスター!」

 なぜかヴァルさんがカフェオレ色の水の入ったバケツに挨拶してすごすごと戻っていく。

「どんぐりの皮むきしようと思ったが、無いな。集めてくるか」

「待って、もうこれくらいで大丈夫だと思うから、初日にあく抜きして乾かしてあったどんぐりから、炒ってほしい」

 ぱぁぁと顔を輝かせるヴァルさん。……そうなの、そんなにどんぐりの皮むきから解放されるのが嬉しいのか。

「炒るじゃない、煎る……んー、熱した鍋の中で焦げないように混ぜながら温める?」

 そうだ。粉にするものを乾燥も間に合うのかな。豆の形のままだと時間がかかりそう。

「あと、残りのどんぐりはつぶして平らに伸ばして乾燥させたいからつぶしてもらえる?」

 あ。

「力加減気を付けてね」

「お、おう……」

 で、どんぐりの処理はそれでいいけど。

「あ、その前に朝ごはん食べよう」

 昨日の夜の残り物だけど。

 山ブドウジュースを大鍋からつごうとしたら……。

「うわぁぁぁぁ!山ブドウジュースがないっ!」

「どうしたフワリ?え?あれ?本当だ。誰か飲んだのか?いや。俺もフワリもずっと一緒に寝てたし、他に誰もいないぞ?」

 確かに大鍋になみなみとあった山ブドウジュースが、大鍋に四分の一以下に減ってる。

「穴でも開いてちょっとずつ染み出たのかな?まぁいいや」

 と、コップで残ったジュースをすくおうとして、その弾力にハッとする。

「濃縮されてるっ」

 え?あれ?もしかして……火を消し忘れた?夜の間温められて、水分が蒸発した?

 そして、ペクチンによってとろみがついて……。

「ジャムだ……」

 コップに少しついた山ブドウジャムを口に入れる。

「うううううっ」

 うなり声が出た。

「どうしたフワリ、大丈夫か?」

 それから、涙も落ちる。

「だ、大丈夫か?どこ痛めたのか?」

 ぷるぷると頭を横に振る。

「おいしい」

 砂糖を使わないジャムでも甘い。この世界に転生して人生一、甘い。

 甘味だ。どれほど焦がれても手に入る気がしないと思っていた、甘味。

 ヴァルさんに山ブドウジャムを味見してもらう。

「なんだ、甘いな。そうか、フワリは甘いものが好きなのか。街に行ったらお菓子買ってやるぞ」

 嬉しい。

 嬉しいけど、さすがにそこまで甘えるわけにはいかないと思う。

 ……私、街に行ったら、どうしたらいいんだろうか。

 人間のふりをして生きていくにしても、生活するためにはお金が必要だろうし。森の中ではそれこそ、森の恵みが豊富だったからお金なしでも食べる物に困らず生きていけたけど。

 孤児院に行く?エルフだから容姿が整っているゆえにひどい目に合うかも……。

 不安が胸をよぎる。

 ぷるぷるぷると頭を振る。

 森を出るって決めたのを、今更躊躇してどうすの。

 森から離れるチャンスは、ヴァルさんが一緒にいてくれる今しかないかもしれないのに!

 私一人じゃ、とてもこの荒野は越えられないだろうし、森を抜けて草原にも行けるとは思えない。

「ヴァルさんが山ブドウとってきてくれたおかげで、おいしい山ブドウジャム食べられるから、これで十分だよ」

 にこりと笑うと、頭を撫でられた。

「……これで、十分か……」

 なぜかヴァルさんは悲しそうな顔をして、それからにかりと笑った。

「なら、また山ブドウいっぱいとってきてやるぞ!」

「十分です」

 思わずジト目になった私は悪くない。




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