第36話

 岩の中から出ると、川に向かって走り出していた。

 精霊さんが私の気持ちを分かっているのか、追い風で私を助けてくれる。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 だというのに、30分もがむしゃらに走ったら息が切れてきた。

 体力がなくて嫌になる。

「はぁ、はぁ……」

 ヴァンさんのせいだからね、ヴァンさんが抱っこしてばかりだから、私の体力がないの……。

 涙がにじむ。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 虫の息だって言ってた。虫の息って……。

「だったら、生きてるってことなんだからーっ!」

 死んでない!ヴァルさんは生きてる!

 生きてるなら、助けに行かなくちゃっ!

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 足が、動かなくなってきた。

 体力のない自分が悔しい。

 バキリと、枝を踏んで音を立てた。

 立ち止まったら、もう動けなくなりそうなほど疲れている。何とかそれでも木で体を支えながら足を進める。

「……か……だ……」

 え?人の声?

「どこから?」

 風の精霊がふわっと声を運んでくる。

「誰か、いるのか?助けて、ここだよ」

 助けを求めてる?

 おぼつかない足取りで、精霊が風で声を運んできた方へと進んでいく。

「うわっ」

 危ない。

 積もった葉っぱでつるりと滑って、穴に落ちるところだった。とっさに精霊が風を起こして体を後ろに飛ばしてくれたから助かった。

 声は、、穴から聞こえる。四つん這いになって穴の中を覗き込む。

「助けて、落ちちゃったんだ」

「エルフっ」

 10歳くらいの耳が長い男の子がこちらを見上げていた。

「うん、地面の中だけど、ドワーフじゃないよ、助けてよ」

 ドワーフじゃない?何を言っているの?

「ねぇ、なぜ、ドワーフじゃなければ助けてなの?エルフだから助けてもらえるけどドワーフは助けてもらえないの?人間なら?」

「は?何を言ってるの?いいから助けを呼んできてよ!」

 男の子はさも当然というように口を開いた。

「あなたたちエルフは人間を簡単に見捨てるわ。それなのに、何故人間はエルフを助けないといけないの?」

「は?人間?君、エルフでしょ?」

 短耳で、さんざんエルフには見えないと言われていたのに、こんな時だけエルフに見えるっていうの?

「あれ?耳が……え?人間なの?」

 驚いた男の子が涙をボロボロ流し始めた。

「助かったと思ったのに……僕はここで死んじゃうのかな……」

 目の前で子供が泣いている。

 ああ、そうだ。そうだよ。

 前世の私の記憶が心をぎゅっと絞る。

 人種差別なんて愚かなことだ。そう、知ってる。

 人間だから助けないというエルフを憎むなら、エルフだから助けないなんて言葉を返したら同じ非道な人間になる。

 第一、子供は護られるべき存在だ。

「人間はね、エルフよりも短い命しかない。だから、エルフよりも命を大切にする」

 子供が私の言葉に顔を上げた。

「自分の命も。そして、人の命もね」

 ヴァルさんみたいに、自分の命の危険を冒してまでも……。

「あとは自分で何とかして」

 ポケットの中から、ヴァルさんに渡された青い石を穴の中に投げ入れた。

「あ、これ救難狼煙用の……」

 男の子が石を拾ってつぶやいた。

 火がつけられないとかそんなことまで面倒は見られない。

 すぐに、川に向かって再び歩き出す。

 人間だから助けなかったというエルフの言葉が頭の中で響く。

 ああ、違う、そうじゃない。エルフだから人間を助けないわけじゃない。

 私だって、耳は短いけれどエルフのはしくれだ。人間じゃない。だけど、村人はエルフの私を助けてくれなかった。どんな扱いをされたって見て見ぬふりだ。

 違う、それでも最低限の食べ物が与えられていたのは、誰かが助けようとしてくれていたのかもしれない。

 私と関わると、村八分にされることを覚悟のうえで。

 人間だって、悪い人間もいる。エルフだって……。

 ああ、違う、違う。

 もう、エルフには関わりたくないっ!会いたくない!

 いいエルフがいたとしても、そんなの知らない。

 ドワーフとの関係改善をしようともせず何千年もかたくなに拒否している、それがすべてだ。

 鍋一つ、ドワーフをバカにして使おうとしない愚かな人種。

 いつか、この身に流れる血さえ嫌悪するようになりそうだ。

 街に行ったら、エルフの住む森には……二度と近づかない。

 痛む足を引きずるように進んでいくと、やっと川が見えてきた。

「どこ?ヴァルさんは、どこにいるの?」

 河原に出ると、ところどころ石が焼け焦げている。

「これは……ヴァルさんが火魔法を使ったの?それともレッドタイガーの攻撃のあと?」

 川上にも川下にも焼け焦げた跡が続いている。

 精霊さん、どっちに行けばヴァルさんがいる?

 風が吹かなかった。

「どうして?教えて、いつものように」

 もしかして、ヴァルさんがいる場所はレッドタイガーがいて危険だから教えてくれないの?私を危険な場所に行かせたくないから?

 何よそれ!

 どっち、どっちだ?

「こっち!」

 違ったら戻ればいい。じっとしているのが一番時間の無駄だ。

 川上に進むと決めて痛む足で走り出す。

 ここに来るまでは追い風で助けてくれたのに。必要以上に近づいてはダメということなの?

 走っているつもりなのに、全然進まない。幼女の短い脚だから。体力がなくて、もう動かすのがやっとだから。

 悔しいっ。

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