第35話

 2日が経った。

「早ければ2日……」

 ヴァルさんが帰ってくるかもしれない。

 ソワソワとして落ち着かない。

「帰ってきたら、竜田揚げをまた作ってあげよう。片栗粉もあと1回分くらいはある」

 カタクリの花を見かけたら、片栗粉も作ろう。

 美味い美味いと竜田揚げを食べるヴァルさんの顔を想像して嬉しくなる。

 そうだ、まだ食べてもらってなかった。レンコンも持ってるんだよね。

 鶏じゃないけど鳥肉もあるし、ミンチにしてレンコンに挟んで揚げる?

 レンコンのシャキシャキと、ふわふわの鳥肉。おいしいんだよね。

 鳥ミンチに混ぜるのは野蒜の葉と塩でいいかな。野蒜の葉はニラやネギのような匂いでちょっぴり野草っぽい野性味のある味。餃子の具に混ぜたりするし、きっとおいしくできるよね。

 3日目。帰って来ない。

 半生干し肉をかじって過ごす。

「んー、ついでだから、この半生干し肉を腐る前にちゃんと乾かそうかな……」

 精霊さんお願いできる?風を当てて乾かしてほしいの。

 干し肉を岩の上に広げて並べると、うちわで優しく仰いだくらいの風が干し肉を乾かしていく。

「ありがとう」

 岩の中に声が響いた。

 遅くて4日って言ってた。

 明日には帰ってくる。

 エルフの村ではずっと一人だったんだ。大丈夫。

 あと1日、一人でも寂しくないよ。

 ふわふわと慰めるように私の頬に風が当たる。

 ひんやりと頬が冷えた。

「あ……」

 涙、出てた。風が当たったことで気化熱で冷えたのか……。

「嘘だよ……」

 ずっと寂しかった。1日目から。

「ヴァルさん……早く戻ってきて……」

 待ってる間に、いっぱい料理考えたんだよ。

 レンコンチップスもいいよね。ヴァルさんの短刀でうまく薄く切れるかなぁ?

 パリパリしておいしいよ。

 あと、にんにくチップスとか生姜チップスとかも売ってるの見たことあるから、野蒜チップスやガランガルチップスもおいしいかもしれない。

 お酒のつまみになる味かも。

「寂しいよ、ヴァルさん……」

 外が唯一見える丸い穴を見上げる。

 丸い青空。

 影が差して、にゅっとヴァルさんの顏がのぞくのをまだかまだかとひざを抱えて待つ。

 今日が4日目。

 丸い穴から見える空の色が青から赤くなり、そして瞑色に変わっていく。

 そして、空が再び赤みを帯びる。

 5日目になってしまった。

 今日もヴァルさんが帰って来なかったら助けを呼べって……。

 帰ってくるよね?

 だって、ヴァルさんは強いんだもん。

 私を左手に抱えたまま、魔物をあっという間に倒しちゃう。

 手のひらに、ヴァルさんに渡された青い石を握る。

 5日待ってもって言ってた。だから、今日まで待つんだ。今日帰ってくるかもしれない。

 中にある岩をいくつか精霊さんの力を借りて転がす。踏み台にすると、穴の外に頭を出すことができた。

「そういやぁ、あれどうだったんだ?」 

 人の声に、助けてと声を上げようとして体が固まる。トラウマのせいだ。

 金の髪に長い耳のエルフが4人歩いていた。エルフの姿で身が竦むなんて。

 出していた頭を引っ込める。

「ああ、昨日川の方で上がった青い煙の救難狼煙なぁ」

 ドキリ。

 ヴァルさんが上げた狼煙かな。

「駆けつけたら、茶色い頭が見えてよぉ」

 ヴァルさんだ、きっと!

「ドワーフか?」

「いや、人間だろうなぁ。髭もはやしてなかったからなぁ」

「ドワーフじゃないなら、助けたのか?」

 エルフたちの言葉が遠ざかっていく。

 精霊さん、少し風で彼らの言葉を届けて。

 と、願うと会話が聞こえてきた。

「なんで人間を助けないといけないんだよ。ずかずかと俺たちの森に入り込んで危険な目に合ったって、自業自得だろ?知るかって」

 え?

「ははは、確かに。だが、救難狼煙を無視したとなると、後で問題にならないか?一応、種族関係なく助ける約束だろう?怒った人間どもが森を焼くかもしれないぞ?」

 見捨てたってこと?

 ひどい。人間だから助けなかったってこと?

 ヴァルさんはレッドタイガーが森を焼かないように岩場に誘導しようとしてたのに。エルフの住む森のために行ったのに……!

「問題?なるわけないさ。生きて帰れるわけねぇからなぁ」

 カッと顔が怒りで熱くなる。

「すでに虫の息だったぞ」

 エルフたちの会話にショックを受けて、乗っていた石から落ちてしりもちをつく。

「だ、大丈夫だよ、ヴァルさん強いもん……」

 だけど、フェンリルよりも厄介だというレッドタイガーが相手だ。

「大丈夫だって、ヴァルさん言ってたもん……」

 だけど、4日で帰ってくるって言ったのに帰って来ない。

「ポーションも持って行ったし……」

 だけど、救難狼煙を上げて、虫の息で、エルフは笑って助けずに……。

「ああああーっ!」

 この世界に生まれて、これほど悲しいと思ったことはない。

 喉が枯れるほど叫び声をあげた。いや、叫びじゃない。咆哮だ。

 獣じみた私の声が、反響して何倍も大きな声として身に浴びる。


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