第29話 庇う

 未登録の機体シグナルが背後から接近して、雫は対応する。


「知らない機体――うちよりよっぽど存在がファンタジーしてるな?

 半身が、結晶――?」

『お初にお目にかかるよ、飴川雫くん』

「!?」


(一瞬で、ヤシャの外装が剝がされた?)


「精霊の力だぞ、そうやすやすと――」

『そうさな、丸裸になったケラティオンでは、落とし仔くんも大したことできないか』


 雫はむっとするが、なにも言い返さない。


『うーん、やはり同類か。

 きみ、状況が悪くなるほど口数が少なくなる感じ?』

「そういうあんたは、饒舌だな」

『そのまま聞いててくれ』

「?」


 近接格闘に持ち込まれ、こちらはダガーナイフ一本で対応する。

 向こう、テセウスは紫の結晶で双剣を構成した。


(片方、捨てた?)


 テセウスの腕が、飴川機に触れる。


『接触回線だ、俺ときみしか聞こえない』

「あんたはその気になれば、最初から俺のケラティオンを落とせたはずだ、なぜ回りくどい真似を――」

『そうなると、きみを一方的に屈服させるだけ、派遣部隊とのコミュニケーションには至らないからね』

「ふざけて、いるんですかッ」


 飴川機はテセウスを押し返すが、他の四機が活動を再開している、おまけに接触されたとき、装甲に妙な結晶片を差し込まれた。


『飴川機の精霊の力が解けた、いまだ、畳みかけるぞ!』

『『『了解!』』』

「本当になんでも使ってくれるよな、コウ。

 流石に自分たちの身の程くらいわかっているかと想ったが、残念だよ」


 紫の結晶を通して、また声が聞こえる。


『精霊の力は強すぎる。

 きみがハンデを負ってやらないと、まっとうな試合にならないじゃないの』

「四対一は充分にハンデじゃない?

 つーかそれさえ無効化するあんたはどういうバケモンだよ、切原水瀬っ」

『強いて言えば、審判役――試合が人殺しにならない程度の調整役かな』


 今なら少しだけ、精霊の自分にやっかむコウの気分がわからない気がしないでもない。


『荏原機、浮橋機は側面からアンカー射出、ワイヤーで足場を絡み取れ!』


 背面斜めからそれぞれに飛んできたアンカーの先端を、後ろ手に握ったナイフのみで飴川機が払い落としていく。

 かし、


(まさかオープンチャンネルの掛け声に、揺さぶられるとはね。

 まぁ対策しない方がアホかって話だけど)


「ここまでが、あんたらの仕込みか?」

『それは池緒くんが頑張った証だよ』

「――」


 影縞機と池緒機は、通信にない行動をとった。

 あらかじめこの状況での合図は決めていたらしい。


(精霊の力をほどいた俺の、処理限界を試そうってかよ)


 両脇が空いたところに、粘性弾頭が飛んでくる。

 そのままでは関節を絡めとられるが、雫は自身のケラティオンの腰部に備わった、ワイヤーアンカーの先端を射出して基部に備わったノズルで二つの粘性弾を叩き落とす。かし、向こうもそれで終わりではなく、影縞機も短機関銃を乱射する。


(移動しながらも、照準は的確だな?

 リヒトくん流石だな)


『みんなきみを倒すために、ここまで成長してくれた。涙ぐましい努力だと想わん?』

「……最悪だよ、あんた」


 たちが悪い。結果、左脚を潰されて膝から落ちた。


『もうろくな武装もないだろう、まだやるかい』

「!?」


 池緒機が背部に背負っていたバスターソードなんて振り上げて、とどめと言わんばかりに襲い掛かる。



『池緒くん、彼は生かさなくてはダメだぞ。市の意向まで無視するのか』

「この人でなしを生かして、今更なにもなりません!」


 バスターソードに引き裂かれたコクピットへ、コウ自らが対人制圧用の短機関銃を持って降り立つと、水瀬の制止も取り合わずに乱射する。

 なかの雫が血まみれになっていると、コウは達成感に満ちた壊れた顔でけたけた笑い出す。


「あっはっはっはっは、まだ虫の息で生きてやがる――ふざけんなよ。

 お前なんかに会わなければ、お前さえいなければ、誰も不幸にはならなかったんだよ雫っ!

 お前がいると、ワタリも天知先輩もおかしくなる!」

「……、まだそんなこと言ってんのか。

 コウ、最初から狂っているんだよ、世界は」

「お前こそいつまで環境のせいにして、災いを振りまいて!」


 そうして次に短機関銃が火を噴くとき、コウの目前にはそれを阻む白い影があった。フローターバイクの背面が穴ぼこになり、金華が割って入った。


「あまち、せんぱ――なにを、なんで邪魔を」

「金華っ――」


 血まみれの雫が、コクピットから這い出し、装甲板の上に倒れ込んだ彼女を息も絶え絶えに抱き上げる。


「金華さん!?

 そんな――俺なんか、庇って!」

「大丈夫、私は……待っているだけなんて、できるわけない。

 シズくんが傷ついてるのに、ほっとけるわけ」

「早く傷を」

「かすっただけだから、血も出てないでしょ?」

「――」


 コウは呆然自失していた。


「なんなんだよ。

 なんなんだよ、お前らは。

 そいつのために、今だってどれだけ多く死んでると想って――」

「はいそこまで」

「「「!!?」」」


 コウが弾倉を取り換えようとしたとき、その腕を自身もテセウスから出てきた水瀬が止めた。


「どのみちその負傷では、いくら落とし仔といってもむやみに動けないでしょ。

 改めまして、飴川雫くん。僕たちは、きみと話がしたかったんだ。

 大人しく駐留地へ来てくれるかい、適切な治療を施すと約束する」

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