第4話 人外
コウはずっと考えていた。エルフの少年があのときなにを諦めようとしたのかを。
生きること、単にそれだけだったろうか?
(もういい、って――)
「どしたのお兄、しけた顔して」
「あぁ、うん……」
合間時間を縫って、荷物を取りに実家へ回った。ヒサゴも同じようにしていよう。
妹のワタリは幼少期から先天性な狭心症を患っており、いまは迷宮巣由来の技術で緩和されたものの、コウのたったひとり、大事な妹にほかならない。
「そういえば雫さん、お兄と同じ職場になったんでしょう?
元気にしてるかなぁ」
「あぁ。ちなみにいま、上司だから」
「お兄と同い年、十七だっけ」
コウは頷く。
「やっぱりすごいひとなんだなぁ、昔から目ざとかったし、手にした機会は逃さないって、貪欲なとこあったから」
「うん、あいつは……飴川くんは凄いよ相変わらず」
「お兄、昔はシズクって呼び捨ててたの、いつの間にやめたの」
「それは」
言われてふと考えるが、そういえばそれもそうか。自分は無意識のうち、彼のことを遠慮していたのかもしれない――いつから?
「昔のお兄は、雫さんに負けず劣らずでかっこよかったのに。どうしちゃった、私が治ってから、却って腑抜けちゃったかな、私が健康だと、日々に張り合いがない?」
「そんなこと――もうあんな時間を過ごすのは沢山なんだ、ワタリはずっと元気でいてくれよ」
両親も早くに亡くした自分たちは、それでもふたりきりで頑張ってきた。ワタリの治療費は高額だったが、僕はそれをなんとか捻出して、狭心症も治まって、それでこの話は終わったはずだ。これから俺とワタリの生活は、もっとよくなる。
「しずくにぃ、会いたいな。彼女さんとかいるの?」
「さぁ、どうだろ。色のある話は、あいつ自身からついぞ聞かないんだよな。
そういや」
「なに?」
「このまえ、俺も含んで新人研修だったけど、弟分みたいなの連れてたんだよな。
あいつの家族の話なんて聞かないし、珍しいと想ったんだが、結局なにも話してくれなくって――いい子だったよ」
もっともそれは、人間でこそなかったが。
*
「アドバイザー、なにをやっているんです」
「休んでる。どのみちコウくんたちが戻るまでは、動けないしな」
見上げるとケラティオンの装甲板の上で日差しを浴びながら寝転がっているんだけど、まぁ危なっかしい。一応六メートルくらいの高さはあるはずで、普通にひとが落ちたらただでは済まないだろう。
(このサボり魔が、どうだってんだか……)
「きみも災難だよな、市からは僕について、大してなにも教えてくれなかっただろう」
「え?」
「額縁市が派遣した僕らは、部隊というより調査チームとでもいったほうがその実態をよく現している」
「何が言いたいんです」
(気づかれた?)
「うーんとね、そんなに肩肘張らなくてもいいんだ。
僕は逃げないから、少なくともいまきみが迷惑することは起きないはずだよ」
「逃げるって、悠長なことおっしゃいますね。いきなり職務放棄予告ですか」
「実際、哨戒はありきでも待機中だろう、僕らは。コウのやつが戻ってくるまで、手は出せない。
それにエルフたちはまだ、自分たちでこの事態を解決するのを諦めていないんだから」
「確かに――アドバイザーたちが接敵したポイントへ、いまエルフたちの部隊が向かっているそうですけど。結局、彼らの手に負えなかったら」
「そのときは僕らの手にも負えない、わかっているはずだ。
最悪の場合は、エルフたちを見捨てて撤収する」
「見捨てるって」
「では訊くけど、きみは彼らを助けたいのか?」
リヒトは返す言葉に詰まった。そう、人に似通った姿をする金髪の異種族というだけで、彼らは人間ではない。それをここに来てからの最近は、薄々と思い知らされていた。
「そも、エルフたちは人間の協力を拒んでいる。まぁ難しい問題だよ、一歩間違ってこちらが実行部隊を出したら、それこそある種の内政干渉と言えるしね。
結果的な実効支配やら、侵略なんてなるなら、やはり外聞はよくない。
額縁市側も、日本政府から下手に目をつけられる騒動は避けたがる節があるから、今のところどこまでやるかは不明瞭だ。まったく二、三世紀くらい周回遅れにラノベかネット小説みたいなこと始まっちゃったよね」
「なんです、ラノベって」
「あぁ……まぁそういう読書娯楽の形態が過去にはあったって話だよ」
「そういうのお好きなんです?」
「いや、全然。
あれば読んでるけど、それで不自由ないまが変わるでもないからな」
「?」
シズクは人形の上で立ちあがる。
「身を滅ぼしたくなければ、きみは市の言うことに疑問を持たないことだ」
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