第21話「未来へのプロローグ、家族への挨拶」

 長野から東京に戻った僕たちは、その足で神楽坂家へと向かった。

 蓮が「結婚の許しをもらいに行くぞ」と言って、聞かなかったからだ。

 あまりの展開の速さに、僕の心臓はずっとばくばくと鳴りっぱなしだった。

 あの城のような豪邸に、今度は蓮の「番」として、そして「婚約者」として足を踏み入れる。

 緊張で、手足が震えそうだった。


 リビングに通されると、そこには蓮の両親が少し緊張した面持ちで座っていた。

 僕たちが長野に行っていたことは知っているはずだ。そして僕たちがどんな話をしてきたのかも、きっと察しているのだろう。

 僕と蓮は二人の前に、並んで座った。


「父さん、母さん。今日は、話があって来ました」


 蓮が切り出した。その声は、いつもよりもずっと真剣だった。


「俺は、湊と結婚します。卒業したら、すぐにでも」


 蓮のあまりにも堂々とした宣言に、僕は隣で縮こまってしまいそうになる。

 蓮の父親は腕を組んだまま何も言わない。母親は少し心配そうに、僕たちの顔を見ている。

 重い沈黙が、部屋を支配した。


 やがて蓮の父親が、重々しく口を開いた。


「…蓮。お前は、自分が何を言っているのか、分かっているのか」


「もちろん、分かっています」


「神楽坂家の跡取りとして、お前には果たすべき責任がある。それは家と家とを結びつけ、血を繋いでいくことだ。水瀬くんは、男性のオメガだと聞いている。我々の跡継ぎを、産むことはできない」


 彼の言葉は冷静で、そして有無を言わせぬ響きを持っていた。

 僕は覚悟していた。

 きっと反対されるだろうと。

 僕が男性でオメガであること。それが彼らにとって、どれだけ受け入れがたいことか。

 胸が、きゅっと痛んだ。


「跡継ぎの件なら、問題ありません」


 蓮は臆することなく、言い返した。


「俺の弟の樹(いつき)に任せます。あいつなら、喜んで家を継ぐでしょう。俺は神楽坂家の人間である前に、一人のアルファとして自分の番と生涯を共に生きていきたい。それだけです」


「蓮…」


「父さんも母さんも知っているはずだ。俺がどれだけ湊を探してきたか。俺の運命は、こいつしかいない。もしこの結婚を認めてもらえないのなら、俺はこの家を捨てます」


 彼の決意の固い瞳。

 その瞳を見て、蓮の父親は大きな、大きなため息をついた。

 そして彼は視線を、僕の方へと移した。

 鋭い視線が、僕を射抜く。


「…水瀬くん」


「は、はい…」


「君は、それでも蓮と一緒になりたいと思うかね。我々のような古風で、面倒な家族と関わっていく覚悟は、あるかね」


 彼の問いに、僕は背筋を伸ばしまっすぐに彼の目を見つめ返した。


「はい。覚悟は、できています」


 僕ははっきりと、答えた。


「僕は、蓮さんを愛しています。彼と一緒ならどんな困難も乗り越えていけると、信じています。僕にできることなら何でもします。どうか、僕たちの結婚をお許しください」


 僕はソファから立ち上がり、床に両手をついて深々と頭を下げた。


 僕の必死の想いが、伝わったのだろうか。

 しばらくの沈黙の後、聞こえてきたのは蓮の母親の優しくて温かい声だった。


「…あなた。もう、いいじゃありませんか」


 彼女は夫の腕に、そっと手を置いた。


「蓮が、あんなに幸せそうな顔をしているの、私は初めて見ましたわ。この子が本当に心から愛せる人を見つけられたのなら、親としてそれを祝福してあげるのが務めではありませんか」


「しかし…」


「水瀬くん。顔を、上げてちょうだい」


 母親に促され、僕がおそるおそる顔を上げると。

 彼女は僕に、聖母のような優しい微笑みを向けてくれていた。


「蓮のこと、どうぞ、よろしくね。あの子、不器用でわがままなところもあるけれど、本当はとても優しい子なのよ」


「…お母さん…」


 蓮が、驚いたように母親を見ている。

 そして蓮の父親はもう一度大きなため息をつくと、諦めたように言った。


「…好きにしなさい」


 その一言は僕たちにとって、何よりも嬉しい許可の言葉だった。


「ありがとうございます!」


 僕と蓮は、同時に頭を下げた。

 蓮の父親はふいっと顔をそむけてしまったが、その横顔は少しだけ寂しそうに、そして少しだけ嬉しそうに見えた。

 僕たちはついに、家族からの祝福を得ることができたのだ。


 未来への、プロローグ。

 僕たちの物語は、まだ始まったばかりだ。

 これからきっと、たくさんの喜びや悲しみが待ち受けているだろう。

 でも、もう怖くない。

 僕の隣には蓮がいる。そして僕たちを温かく見守ってくれる、新しい家族がいる。

 僕たちの未来はきっと、ひまわりのように明るく輝かしいものになるに違いない。

 僕は蓮と固く手を握り合った。

 その手の温もりが、僕たちの輝かしい未来を約束してくれているようだった。

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