第39話 この状況で寝ろとか無茶振り
どれくらい寝ていたんだろう。
ぼんやりと意識が戻ってきて、俺はゆっくりと目を開けた。
熱はもう下がったのか、頭が妙にすっきりしている。
――ただ。
「……ん?」
なんか身体が、重い。
正確には、“何かがのしかかってるような違和感”がある。
半分寝ぼけつつ、布団を持ち上げてみる。
すると。
「……え?」
「ん……ふぁ……?」
俺の胸の上あたりで、小さく丸まって眠っている女の子。
見慣れた、でもここにいちゃ絶対ダメなはずの女の子。
「か、ひ、柊木さん!?」
「んぇ……?」
楓は目をこすりながら、子どもみたいな寝起き声で上体を起こす。
髪はふわっと崩れていて、頬はほんのり赤い。
「……なに、そんな大声出して……?」
「いや、なんで俺のベッドにいるの!? ソファは!?」
ほぼ悲鳴みたいな声が出た。
楓はぽやーっとした顔のまま、こてんと首を傾げる。
「……雷の音が聞こえて、びっくりして……ここに来ちゃった……」
「雷? 今?」
「……うん……ごろごろって……」
「いや、鳴ってないけど?」
「えっと……気のせい……だったかも……?」
寝ぼけ声で言ってるが、これは絶対ウソだ。
ていうかバレるの分かってて言ってるやつだ。
「それ口実だろ?」
「……ちぇ」
普通に“ばれた”みたいな顔をするな。
そして、当たり前のように布団を握ったまま、こっちを見上げてきた。
「……ねぇ、悠太君」
「な、なんだよ」
楓は、反則みたいな潤んだ瞳で、そっと聞いてくる。
「……私と一緒に寝るの、嫌……?」
その一言で、心臓が跳ねた。
物理的に跳ねた。
なんなら、呼吸も一拍止まった。
(うわ……これ、ずるいって……!)
そんな顔されて、“嫌だ”なんて言える男、絶滅危惧種だろ。
「……嫌じゃないけど。けど……!」
「けど……?」
期待してますと言わんばかりの目。
これ反則じゃなくて、反逆罪だろ。
「……わかった。寝てもいいよ一緒に」
俺が折れると、楓は一瞬 ぱぁっ と花みたいに笑って――
「ありがと!」
勢いよく抱きついてきた。
「ぐはっ!?」
胸に飛び込まれた瞬間、俺の酸素が一瞬消えた。
「……柊木さん、おま……急に……!」
「だって……うれしかったんだもん……」
小さな声で言いながら、ぎゅっとしがみついてくる。
さっきまでの寝ぼけた雰囲気は消え失せて、妙に甘えた声になっている。
(いや……なんで急にこんなスイッチ入ってんの!?)
混乱しつつも、柔らかい髪が肩に触れる感触とか、
体温とか、息遣いとか、全部が俺の理性を削っていく。
(……これ、逃げられないやつだ)
もう諦めの境地に達した俺は、
楓の頭に軽く手を添えながら、深呼吸した。
「……頼むから、寝相だけは普通でいてくれよ……?」
「んー……考えとく」
「考えるの!?」
「だって、寝相悪くて転がってきたら……それはそれで……ね?」
「やめろ! 変な含みを持たすな!」
楓はくすくす笑って、俺の胸に顔をうずめた。
「……おやすみ、悠太君」
小さく、甘く。
そんな声を耳元で言われて、俺の心臓はまた派手に跳ねた。
「……ああ、おやすみ」
結局、俺は楓にしがみつかれた状態のまま、
ゆっくり目を閉じた。
――この状況、どう考えても危険すぎるけど。
(……でも、まぁ。悪くない……かも)
そう思いながら、俺は眠りについた。
でも。
(いや、これ……物理的に無理じゃない?)
楓の髪が顔に触れるだけで心臓が“ドン”と跳ねるし、
腕にはしっかりしがみつかれてるし、……なんかいろいろ当たってるし。
「……寝れるかぁぁ……」
声に出さないギリギリの抗議を心の中で叫ぶ。
しかし、楓はそんな俺の苦悩なんて知らない顔で、
すぅ……すぅ……と天使みたいに寝ている。
(……いや、天使じゃないだろ。これは悪魔の誘惑だろ)
この状況で健全な男子高校生に眠れって?
不可能難度SSSだっての。
とにかく目を閉じてみる……が。
「……あんま、もぞもぞ動くなよ……っ」
抱きしめてる腕をゆるめた瞬間、楓がきゅっと腕を握り直して、さらに身体を寄せてきた。
「~~~~っ!!?」
声は出せない。いや、出したら終わる。
いろんな意味で終わる。
(はぁ……朝になったら、“寝ぼけてただけ、ごめんね”とか言ってくるんだろうな……)
自分に言い聞かせるように、深呼吸をゆっくりする。
寝よう、寝るんだ俺。
理性のHPはもう2くらいしか残ってない。
……と、その時。
楓がもぞっと動いて、俺の胸に頬を寄せてきた。
そして。
「……ゆうたくん……だいすき……だよ……」
「……は?」
一瞬、時間が止まった。
寝言だ。
間違いなく寝言なんだけど……寝言なんだけども!
(……ま、待て待て待て! これは友達としてって意味だよな!?)
脳内で会議が始まった。
・“大好き”=友情
・“大好き”=あの熊のぬいぐるみみたいなノリ
・“大好き”=たぶん寝言だからノーカン
いやでも、声のトーンが妙に甘かったぞ!?
あんな感じで言われたら普通信じるだろ!?
混乱に混乱を重ねて、思考が渋滞する。
「……っはぁ……寝れねぇ……」
本日二度目の絶望を噛みしめながら、俺は枕に顔をうずめた。
その隣では、楓が相変わらずかわいい寝息を立てている。
(……頼むから、今はただ寝てくれ。あとで説明してくれ……!)
そう切実に願いながら、結局、俺は一睡もできないまま、長い夜を過ごすのであった。
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