第28話 映画の余興とお買い物
余韻がようやく落ち着き始めた頃、楓は腕に抱えた熊を撫でながら、ふとこちらを見上げてきた。
「じゃあ次は私が悠太君の欲しいもの、取ってあげる番だね!」
「ん? いや、別にいいって」
「だーめ。もらいっぱなしはバランス悪いし。ほら、なんでも言って?」
なんでも、なんでも……ねぇ。
この手の“なんでも”ほど返答に困る言葉もない。
(とはいえ、フィギュアとかは難易度が高いし……できれば出費を軽くしてあげたい)
そう考えて、近くにあった“山積みチョコタワー”系のUFOキャッチャーを指差す。
「あれとかでいいよ。ほら、チョコのやつ」
「え? フィギュアとかじゃなくて?」
「別に興味ないし。甘いもののほうが嬉しいし」
「えぇ……そんなに私の財布気遣わなくてもいいのに」
「いや、普通にチョコ好きなんだけど?」
「ほんと?」
「ほんとだよ」
楓はじーっと俺の顔を覗き込み、何か納得したように小さく頷く。
「じゃあ……チョコ、いってみよっか!」
その気合い十分さに、こっちが少し不安になる。
「いや、そんな構えなくても――」
「いざ、勝負!」
楓はすでに100円玉を投入していた。
アームがゆっくり降りて、山の端っこをすくう。
キュッ。
……ざざざざざっ!!
「えっ!?」
「うわっ!? え、落ちすぎじゃね!?」
まさかの事態。
アームの接触で山が崩壊し、チョコの雪崩が発生。
獲得口にボロボロボロボロと大量に落ちていく。
「え、え、これ……怒られない?」
「いや、設定がガバガバすぎるだけだから大丈夫だと思う」
「ほんとに? 店員さん来たりしない?」
「来ても“仕様です”って言われるパターンだよ」
俺は慣れた手つきで獲得口に落ちたチョコを袋に詰めていく。
楓は横で目を輝かせたり不安がったり忙しい。
だけど――どの表情も、なんか可愛い。
「……すごいなこれ。ほぼ元が取れてるどころか、黒字じゃん」
「や、やった……のかな?」
楓はにこっと笑って、俺に宣言した。
「次はお金ちゃんと用意して、フィギュア取ってあげるからね!」
「いや取らなくていいって! ほんとに!」
そんな事を言いあいながら、チョコがぎっしり入った袋をひとつ抱え、俺たちはゲーセンの喧騒の中を歩き出した。
その後俺達はシューティングゲームで二人並んで敵機を蜂の巣にし、レースゲームでは俺のマシンが三周連続でコースアウトした頃。ふと時刻を見ると、館内の時計がとんでもないことを示していた。
「あれ?柊木さん、これ上映時間ギリじゃね?」
「え? あ、ほんとだ! ほら悠太君、走るよっ!」
楓が俺の手首を掴んだ瞬間、俺の全身がゲーセンの床を滑るように前へ引きずられた。
「ちょ、速いって俺まだ心の準備が……」
「いいからダッシュ!」
映画館に突撃するように駆け込み、俺がチケットを取り出している間に、楓は売店の前に立っていた。
「ポップコーン、キャラメル味と塩、どっちがいい?」
「え、どっちでもいいけど……」
「じゃあ両方! あ、飲み物は?」
「コーラで」
意味の分からない理論だが、この人の映画に対するやる気だけは嫌というほど伝わってくる。
二人で両手いっぱいの荷物を抱えて劇場へ入り、席に腰を下ろす。
「……ふぅ、間に合った……」
「ね、ね、悠太君。こうやって並んで座るの、なんかいいよね」
楓が座席の角度を微妙に俺の側へ寄せてくる。
この人、無意識で距離を詰めてくるのほんと恐ろしい。
スクリーンを見上げている楓の表情は、さっきまでのハチャメチャさと違って素直で、無邪気で、なんというか──ズルい。
「……楽しみー」
「そりゃ良かったよ」
「ところでさ、前作のあの後どうなると思う?」
「うーん、まだひと悶着ありそうな感じなんだよな」
わいわい話してると、館内に低いブザーが鳴った。
上映開始の合図だ。
館内がほんの少し暗くなり、ざわめきがゆっくり静まっていく。
「じゃ、集中するね」
「おう」
そう言って俺たちは同時にスクリーンへ視線を向けるのだった。
数時間後、エンドロールが終わり、館内の照明がゆっくり戻る。
俺と楓は同時に深く息をついた。
「「あー……良かった……!」」
完全にハモった。
俺たち二人は顔を見合わせ、苦笑しつつ席から立ち上がる。
「いやあのさ、あの元カレ幼馴染のくだり、最高じゃなかった?」
「分かる! あそこで“迷うか……?”って思ったけどさ、主人公がスパーンって引導渡したの、めっちゃスカッとした!」
「しかも幼馴染側の捨て台詞が弱いのなんのって」
「“昔の気持ち、まだ残ってるでしょ?”って、いや……残ってるわけないじゃん! って思わなかった?」
「思った。満場一致で思った」
映画館の外へ出ながら盛り上がる俺たち。
テンションがずっとスクリーンの中にいる。
パンフを買って出口へ向かっていると――
「で……俺の家に来るの?」
「うん、そのつもり」
「やっぱそうだよな」
「そりゃそうでしょ。あ、ついでに買い物していこっか」
楓はバッグから、折りたたまれた黒いマイバッグを取り出した。
「……用意よすぎない?」
「だって当然だし?」
当然らしい。
俺が驚くようなことじゃなかった。
そのまま商業施設のスーパーへ入り、楓はカートを押しながら、食材をテンポよく放り込んでいく。
「あ、悠太君、何か食べたいのある?」
俺は少し考え、控えめに答える。
「……煮込みハンバーグ、とか」
「おっけー! じゃあ、玉ねぎ2個とー、パン粉と、牛豚の合い挽きと……」
ノータイムで即答。
楓は必要な材料を全部放り込みつつ、料理の工程まで口にしている。
そして必要なものを入れ終えた俺達はレジに並び、会計の準備をしながら、俺は口を開いた。
「なあ柊木さん。いつもやってもらってばっかだし……今日は俺が払う」
「えっ……でも……」
楓が視線を泳がせ、指先でもじもじとマイバッグの端をいじる。
“遠慮したいけど、断るのも違う”みたいな顔だ。
「流石に今日は受け取ってくれよ。ほら」
俺は財布から出したお金をそっと差し出す。
楓はしばらく見つめた後、小さく息をついて……。
「……そこまで言うなら。ありがと」
控えめに、だけど嬉しそうに受け取った。
そしてレジのおばちゃんが、俺たちのやり取りを見てニヤつく。
「仲いいわねぇ」
「ち、違っ……いや……違……わない……?」
おばちゃんは「ふふっ」と満足げにレシートを渡し、俺たちはマイバッグいっぱいの食材を抱えて店を出た。
――今日の家までの帰り道は、なんだかいつもより重い。
でも、それ以上に温かい。
「じゃ、帰ろっか。煮込みハンバーグ、楽しみにしてて」
「おう」
隣を歩く楓の横顔が、映画の余韻とは別の意味で胸に残るのだった。
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