第27話 映画館の席とゲーセンの攻防

 映画を見に行く当日。俺は駅の改札前にいた。

 休日の朝とは思えないほど人が多いのに、俺の頭の中は、別方向に忙しかった。


「……これ、どう考えてもやっぱりデートじゃない?」


 いやいや、違う。違うはずだ。

 ただの映画。

 ただの休日。

 ただの友達(?)……いや、愚痴を聞く係だ。


 でも。


「一緒に2人で映画を見に行くってって……デートのテンプレじゃん……」


 そんな自問自答をしていたら、視界の端に見慣れた髪色が入る。


「あ、悠太君」


 そっちを振り向いた瞬間、俺の思考が三秒ほど停止した。


 いや、楓なんだけど。楓なんだけど、なんか違う。


「……え?」

「え? じゃなくて、なにその顔。変?」

「変じゃない。ただ……なんか、雰囲気、違くない?」


 言ってから、語彙力の死を実感する。

 ところが本人は不思議そうに首をかしげる。


「そう? 別に普通だけど……っていうか、なに? 私、今日そんなに変?」

「いや、変じゃない。むしろ……なんか、おしゃれというか……大人っぽいというか……」

「へ、へぇ……そ、そう……?」


 楓が一瞬だけ目をそらした。

 その仕草がまた、いつもの楓と違って俺の脳が混乱する。


 メイクがいつもより丁寧。

 服も前より落ち着いてて、でも主張が強いわけじゃなくて……。


(いや待て。これ、“気合い入れてきた”やつじゃない?)


 そう感じた瞬間、俺の心拍数は勝手に加速する。


「……なんか言いたそうだね?」

「ほら、電車来るし行くぞ」


 とりあえず誤魔化すように改札を通る。


「ごまかしたね?」

「気のせいだろ」

「はいはい」


 そんなやり取りをしながら電車に乗り、ショッピングモールへ向かった。


 




 そして到着した映画館。


 人大杉なんだけど。


「これ……座席、取れなくね?」


 俺が端末を操作している間に、楓が覗き込む。


「えーっと……あ、やっぱダメ。残ってるけど、全部バラバラ席」


 流石休日、ほとんどの席が埋まっていた。


「アプリで予約しておけばよかったな……」

「そうだね。私もそこまで頭回らなかった」


 今はアプリでも予約ができる時代だが、まぁ流石に大丈夫だろうと思った俺が馬鹿だった。

 この後、楓は俺の家に来るだろうし、次の回にしたら、楓の帰りが遅くなりそうだな。

 

「うーん……。次の回にしたら、帰り遅くなりそうだし……。バラバラの方が良いかな?」

「……え?」

「え?」


 俺が提案した瞬間、楓が固まった。


「いやいやいや、なんで別? 普通こういうの並んで見るでしょ。え、もしかして私と横並びイヤ?」

「いや、嫌じゃない!」

「ほんとに?」


 その言い方がちょっと拗ね気味で、俺は焦る。


「ほ、ほら……柊木さんが“せっかくだから”って言うなら、並んだ方がいいかなって……」

「……ふーん。なら並んで見る」


 何このやり取り。

 なんかカップルっぽいんだけど。

 いやいやいや、違う。絶対違う。


「じゃ、別の時間にしよう。次の回は? まだ席ある?」

「……あるっぽい。しかも二席並んで残ってる。ギリギリセーフ」

「じゃ、それで!」


 楓は嬉しそう――いや、なんか照れ隠しも混じってる感じで小さく頷いた。


 その様子を見て、俺の胸がドキッとする。


(……いやいや、落ち着け俺。これはただの映画……ただの……)


 自分に言い聞かせながら、予約完了の画面を見る。


 でも、どうしても意識してしまう。


 ――これ、やっぱデートじゃん。


 そう認めてしまったら何かが変わりそうで、ギリギリのところで言葉にしなかった。


 けど、楓の横顔を見ながら思ってしまう。


(……いや、どう見てもデートだろ、これ)


 上映時間まで一時間。

 微妙に長く、でも中途半端に短い。


「で、どうする? 時間……潰す?」


 俺がそう言うと、楓はくるりと振り向いて、少し考えるように顎に手を当て――


「ゲーセンとか、どう?」

「ゲーセンかー。いいよ」

「やった」



 そんなツッコミを受けつつ、俺達はゲームセンターへ向かった。

 休日のショッピングモール内にあるゲーセンは、子どもと若いカップルでごった返していて、ゲーム音がひっきりなしに反響している。


 まあ、デートの定番だよなここ。


(いやだめだ。自分でデートとか言うな俺)


 つい念を押しながら、楓の後ろを歩く。


「まずは……やっぱUFOキャッチャーかな」


 俺たちはUFOキャッチャーのコーナーに立つ。


 景品を見て回っていると、楓の目が一瞬で吸い寄せられた。


「……あ、これ可愛い……」


 方向を見ると、ちょこんと座った、やたら愛嬌のある熊のぬいぐるみ。

 淡い色で、もふもふしてそうで、絶対女子受けの塊みたいなやつ。


「欲しいの?」

「え、いや……可愛いなって思っただけだけど……」


 楓は視線をそらして言うけど、その肩の動きと視線の戻り方で丸わかりだ。


「取ってあげるよ」

「……え? いや、悪いよ。お金かかるし」

「大丈夫。俺、結構こういうの得意だし」


 そう言って、俺はUFOキャッチャーの前に立った。


 ただし。


 一回目。

 アームが触れて、熊がくるっと回っただけ。


 二回目。

 ずりっと横に滑って終了。


 三回目。

 持ち上がったと思ったら三センチで落ちた。


 ……あれ?アーム弱くね?


 くそ、この機体……設定が鬼だ。


 だが俺も男だ。

 ここで諦めたら“ダサい”の称号を自ら掴みにいくようなもの。


 まあ見てろ。こういうのは数で殴るのが正義なんだよ。


 五回目。

 熊がちょっと動いただけ。


 十回目。

 なぜか逆に遠ざかった。


 十五回目。

 ようやく、ほんのり角が持ち上がる。


「……ねぇ悠太君、これ結構……むずくない?」


 楓が明らかに焦りだす。


「ね、ねぇ、ほんとに無理なら諦めていいからね!? てか私のためにそんなお金……!」

「違う。これはもはや俺の意地なんだ……!」


 周囲の子どもたちまで応援の雰囲気出してきて、俺はもう後に引けなかった。


 ――そして。


 二十数回目。

 熊がアームに持ち上げられ――


「……っ! いけ……!」


 ストン、と。


 落ちた。


「……とったぁぁぁ……!」

「え、うそ……!?」


 思わず拳を握りしめた俺の横で、楓が本気で驚いた顔をしている。


 景品口から取り出した熊は、さっきより数倍可愛く見えた。


「はい。どうぞ」

「……ほんとに、いいの?」

「いいよ。てか、受け取ってくれないと困る」

「……そっか」


 楓は両手でそっと受け取ると、ふわっと頬を緩ませた。


「ありがとう。……すっごく嬉しい」


 その笑顔を見た瞬間、俺は、

 アホみたいな金額をつぎ込んだことを、少しも後悔しなかった。


「いやー……取れてよかった……」

「ねぇ悠太君」

「ん?」

「……熊さん、大事にするね」


 その言い方が妙に胸に響いて、ちょっと目をそらす。


 どうしてか分からないけど、

 今日の楓の笑顔は、いつもよりずっと眩しかった。

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