第2話:バズった上司と目が合う朝

朝。

オフィスの蛍光灯がつく音と同時に、真由は机に座っていた。

昨日の夜、眠れなかった。

頭の中で何度も、あの通知音がリフレインしていたからだ。


『あなたのいいねを@WORK_LIFE_BALANCEさんがリポストしました』


「……偶然、だよね」

自分に言い聞かせながら、PCを立ち上げる。

でも、胸の鼓動は落ち着かない。


(だってあの人、“部下の失敗を許せる上司になりたい”って……)

(昨日の課長の言葉、そのままだった……)


そんな思考を遮るように、背後から声が。


「藤原」


ピシッと背中が固まる。

振り向くと、いつもの無表情の課長――柊誠が立っていた。


「お、おはようございます!」

「おはよう。昨日の件、進捗どうだ?」

「えっと、その、あとでご確認いただけるように──」


「そうか。……無理はするな」


その言葉に、真由の心が一瞬止まった。


(……無理はするな、って、珍しい)


いつもなら「期限を守れ」「精度を上げろ」しか言わないのに。

今朝は、ほんの少し声が柔らかかった。



昼休み。

休憩スペース。

同僚の成田がスマホ片手にニヤついていた。


「真由〜! またバズってるぞ、あの“理想の上司”!」

「え、また!?」

「見ろよこれ! 今度は“部下を守れる上司になりたい”だってさ!」


真由はスマホを覗き込む。


《@WORK_LIFE_BALANCE》

「部下の失敗を叱るより、守れる上司でありたい。

 その背中を見て部下が育つなら、それでいい。」


「……」


手が止まった。

この言葉、昨日の会議後に──


『ミスの責任は俺が取る。君は、次に活かせ』


柊が確かに言っていた。


(同じだ。言葉まで、タイミングまで……)


「なぁ真由。これ、もしかしてうちの課長だったらウケるよな!」

「ばっ、バカ言わないでよ! そんなわけ──」

「“氷の柊”、実はSNSでポエム課長だったとか!」

「やめてってば!」


慌てて口を押える。

けれどその笑いの奥に、

ほんの少しの「ありえるかも」が混ざっていた。



午後。

会議室。

営業部プレゼンの打ち合わせ。


「……以上が、藤原の提案内容です」

真由が資料を差し出す。

柊は無言でページをめくる。


沈黙。

ペンの音だけが響く。


「悪くない。……いや、かなり良い」


「えっ……!」


会議室がざわついた。

氷の柊が“褒めた”――それだけでニュースになる職場だ。


「成田、お前はどう思う」

「え、えっと! 俺も、良いと思います!」

「藤原の視点は柔らかい。数字だけじゃない“温度”がある」


“温度”という言葉に、真由の胸がまた跳ねた。

彼の口調。選ぶ言葉。

それは昨日、SNSで読んだ言葉たちと同じ温度だった。



会議後。

自席に戻ると、スマホに通知。


《@WORK_LIFE_BALANCEがあなたをフォローしました》


「…………っ!」


机の下でスマホを握りしめる。


(ま、まさか……!)

(いや、偶然……違うよね? けど、タイミングが、あまりに……)


柊のデスク方向を見る。

ちょうど彼もスマホを伏せたところだった。


目が、合う。


一瞬。

ただの視線のはずなのに、心臓が痛いくらい鳴った。



夕方。

帰り支度の時間。

真由は思い切って声をかけた。


「あ、あの、課長!」

「ん?」

「さっきの会議の件、ありがとうございました!」

「気にするな。……良い提案だった」


それだけ言って、彼は書類をまとめて立ち上がる。

スーツの背中が夕日に照らされ、金色に縁取られていた。


その横顔を見つめながら、真由は小さく呟く。


「“理想の上司”って……もしかして、あなたですか?」


声は届かない。

けれど、柊の口元が、

かすかに笑ったように見えた。



夜。

真由の部屋。

スマホの画面には、例のアカウント。


《@WORK_LIFE_BALANCE》

「今日、“君”が笑ってくれた。

 それだけで、この仕事を続けてよかったと思えた。」


画面の中の“君”は──誰?


(……私、だよね)


頬に手を当てる。

鼓動の速さが、まるで恋のそれみたいで。


でも、まだ信じたくない。

信じたら、何かが変わってしまいそうで。

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