第34話 ヒーローにはなれなかった夜

俺を見つめる目は呆然としていた。

水谷「そんな生活、僕なら耐えられない。」

「違うよ。耐えたんじゃない。何もできなかったヘタレだよ」

水谷は言葉を失っていた。永遠のように感じる長い沈黙。


沈黙を破り俺は口を開いた。

「俺は正義のヒーローにはなれなかった。俺、特撮ヒーローが好きなんだ。」

水谷「関水も特撮好きですよね」

「そう!地獄のきっかけ。あいつと最初に話したのはヒーローものの話。」

--あいつも俺も根は一緒なんだろうな。


「頭の中ではさ、あいつを警察に突き出す事ができれば、水谷くんみたいな次の被害者がでなかったってわかってる。」

俺は胸の奥から何かが込み上げてくるのを感じていた。


「だけど、結局怖かった。奴の復讐も、あいつの人生を終わらせれる事も怖かった。」

水谷「...なぜですか?」


声が震える。

「頭の中で聞こえるんだ。あいつの人生を終わせれる程、お前は本当に真っ当な道を歩んでいるのか?お前も間違ってるんじゃないか?って」

「俺は自信を持って、間違ってないって言えなかった。」


水谷「......」

「水谷くん。ごめん」

「...君を助ける事が人間として正しいって事はわかってる。でも、俺はそんな勇気はない」

「まだ、あいつと向き合えない」

「ごめん。俺ができる事はこの経験を話す事だけ」

水谷「...わかりました。話を聞けただけでも、よかったです。」


俺は水谷を見送った。また、頭の中が罪悪感に支配された。だけど、二度とあの日々には戻りたくないんだ。



その後、水谷くんから聞いた話によると、結局、関水の親にお金を払ってもらい解決したようだった。水谷くんはその後、寮を出て無事関水の手から逃げきれたとの事だった。俺はその話を聞いて、ホッと胸を撫で下ろした。


ある日、大学でボヤ騒ぎが起きた。出荷元は関水の研究室だった。それを聞いた時、あいつが犯人だと瞬時に思った。名前は伏せられていたが、ある生徒が実験で300℃で30分加熱する工程を早く終わらせるために、600℃で15分加熱するという事をした結果、出火したとの事だった。そんなバカな発想ができる理系大学生は俺にはあいつしか思いつかなかった。



また春がやってきた。あいつのいない春。爽やかな風に舞う桜の花びら。大学の広場から食欲を誘うバーベキューの匂い。キラキラと俺達を照らす太陽。

--こんなに春って気持ちよかったんだ。


あいつは無事九州に行ったらしい。サラリーマン生活にあいつは耐えられないだろう。長くはもたない気がするが、とりあえず物理的距離が取れて安心した。


--俺はヒーローにはなれなかった。ただ、地獄のような日々の中で学んだ事がある。それは自分の人生に責任を持つ事だ。責任を放棄して、他人のせい、社会のせいにしても何も変わらない。そのまま悪意に支配されてしまう。必死に自分の体で足掻いて、悪意から逃げてでも生き抜く。そうしなければ迷宮から抜け出す事はできない。


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