第33話 忍び寄る残像

関水が俺の生活から消えて半年以上が経過していた。やつは遠く九州の会社の内定がでたと風の噂で聞いた。これで本当にもう会う事はないだろうなとホッと胸を撫で下ろす。そして何もない平穏な日常が過ぎていく。しかし、そこかしこに奴の影は潜んでいた。


-妖しく光るネオン。

-廃車寸前の愛車。

-奴の匂いが染みついた助手席。

-建築現場にある角材。

-太く長いロープ。

-嫌な甘さの棒付きキャンディ。


それらを見るたびに蘇る地獄の日々。俺はあいつを消し去ろうと必死だった。


そんなある日の事だった。

講義を終え、帰宅しようと立ち上がる。


トントン

後ろから肩を叩かれた。

ビクッ

背中に悪寒が走った。振り向くと男が立っている。その男は影があり、まるで支配されていた時の自分だった。


影のある男「...僕のこと覚えてますか?」

「...ごめん。誰だっけ?」

影のある男「二回生の水谷です。寮でよくお会いしてましたよ」

--寮。それは俺にとって思い出したくない牢獄だった。


「水谷くん?何か用かな?」

ざわざわと胸騒ぎがし、消し去ろうとしていた地獄の日々が呼び起こされた。


水谷「...僕もう、耐えられません。」

水谷は今にも泣き出しそうな表情をしている。

--このセリフ、俺も言っていた。やっぱりあいつの仕業だろうな...できれば関わりたくないな。


水谷「田中さんいつも辛そうな顔して寮にいたから、俺の言う事わかってくれるような気がして。すみません、話聞いてください。」

奴のニヤニヤした気色の悪い笑顔が浮かぶ。その場から逃げ出したくなる。


ビクビク挙動不審に動く目の前の男に罪悪感を感じた。俺が奴を罰する決断を下せば、目の前の男は今頃笑って過ごしていたかもしれない。

--逃げちゃダメだ。

「...いいよ。」

俺は水谷を食堂へ連れていった。


水谷「関水さんは何で部活辞めたんですか?」

--ストレートに聞いてくるな。あの頃のことはもう思い出したくない。だけど、ちゃんと向き合わなきゃ。


「あいつ、破門になったんだ。」

水谷「やっぱり!」

食い気味に前のめりで答えてきた。

水谷「あいつ、最初は顧問と喧嘩になって、なくなく部活を辞める事になったって言ってました。」

「っく...そうなんだ。」

--あいつ、大木先生の思いを踏み躙ってやがる。


水谷「だから、寮のみんなで慰めようってなったんです。」

「うん。」

水谷「それからあいつに呼び出される事が増えたんです。それで俺寝れない日が続いて辛くって」

「辛いな...」

--まずは話を聞いてあげないと。話すだけでもだいぶ楽になる。


水谷「あまりにしつこいので、呼び出しを無視したんです。」

水谷「そうしたら、急に"お前も裏切るのか"って暴れ出して」

水谷「あいつ頭がおかしい。人間じゃない。」


水谷の目は潤み、呼吸は荒くなっていた。

--俺のせいだ。

俺は罪悪感が込み上げ、体が震えていた。


「ごめん。俺があいつを警察に突き出さなかったばっかりに君まで苦しむ事になるなんて」

水谷「いや、田中さんのせいじゃないです。あいつが悪いんです。」

--......ありがとう。


水谷は俯き、ため息をついた。そして口を開いた。

水谷「...実は今、関水のバイト先から50万円を請求されています」

「えっ、なんで?」

水谷「あいつはUFOキャッチャーの景品を転売して金稼ぎしてました」

水谷「景品を100円で取れるようUFOキャッチャーのアームを強くしたり、触れただけで落ちる所に景品を置いたりして、客である僕にそれを取らせてたんです。」

「それを後から関水が回収して、転売するのか」

水谷「その通りです」

「あいつらしいな」

--流石だな。あいつは悪い事考える事に関しては右に出る奴はいないな...


水谷の話す勢い、熱量はどんどんと増していく。

--溜まっていたんだろうな。俺も誰にも言えなかった。津田や横田に喋り出したら楽になったもんな。


水谷「あいつはその100円を払う工程が面倒になったんです。」

水谷「それで直接景品を僕に渡してきたんです。その瞬間が隠しカメラに映っていたみたいで、僕も損害賠償金を請求されたんです。」


--あいつならやる。普通ならこんな話、直ぐには信じられない。だけど俺にはわかる。


「それは納得いかないな」

水谷「賠償金は関水に50万円、僕に50万円です。」

水谷「俺は二回付き合っただけなんです。しかも、景品はあいつが後で回収したので無報酬です。」

水谷「直接景品渡された時だって、断ろうとしました。それなのに脅されて」

水谷「その結果がこうですよ。半分も責任を負うなんて...」


「それは辛かったな」


水谷「もうどうすればいいかわからなくて」

--俺は支配されていた時、孤独だと感じていた。味方に背中を押してもらいたかった...きっと水谷くんも一緒だ...


「俺も何があったのか話すよ」

俺は席を立ち上がり、缶コーヒーを二本購入した。そして、一本を水谷に渡した。


「長くなるからな。俺の話が少しでも役に立てばいいんだが」


日は沈み、月が姿を現し二人を見下ろしていた...

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