第30話 決意の朝

結局、二人との会話から何も変えられぬまま東京遠征を迎えた。東京へは夜行バスに乗って行く事になった。夜行バスに乗り込むと関水は迷わず竹田の真後ろの席に座った。竹田は一回生の女性マネージャーである山下舞と並んで座り、楽しそうに会話をしていた。


俺は関水の隣に座った。窮屈な座席で、この後どのような事が起こるのか、どう対処しようかを脳内でシミュレーションし、それを繰り返し続けていた。


夜行バスは東京へ向かって駅を出発した。隣に座る関水がニヤけ顔で口を開く。

関水「桜ちゃん。自由時間どこか行くの?」

竹田「舞ちゃんと一緒に動物園行きます。」

関水「いいねぇ。俺も一緒に行こうかな。」

竹田「女の子だけで行こうって話してたので無理です」

関水「いいじゃん。田中も行きたいって」

「...はい」

竹田「無理です」

冷たい視線が関水に向けられる。

--マズいぞ。

関水に視線を移すと、表情には怒りが感じられた。


関水「竹田さん。この前、しゃぶしゃぶに一緒に来てた男が気になる人?」

山下「えっ竹田先輩、気になる人とかいたんですか?」

竹田「関水先輩には関係ありません。」

場が凍りついた。最悪の空気だった。山下さんも竹田さんの表情で何かを察し、そこからは黙っていた。


関水の足は速いテンポで揺れ出す。爪を噛んで明らかに苛立っていた。俺はその姿を見て、冷や汗が額を流れた。手のひらもびっしょりと濡れていた。

--マズい。このままだと関水が暴走する。どうすべきなんだ?


関水「...殺す。」

ボソッと俺にしか聞こえない声量で呟いた。悪寒が一気に走った。


そしてバスはサービスエリアに止まる。しばしの休憩を挟むこととなった。バスを出ると俺は津田を捕まえた。

「頼む。関水先輩を一人にしないでくれないか。」

津田「何で?」

「何しでかすかわかんないから。」

津田「りょ」


そして、俺は山下さんのところへ歩み寄った。

山下「どうしたんですか?先輩。」

「山下さん悪いけど竹田さんを一人にしないで」

山下「...わかりました。関水先輩と関係があるんですか?」

彼女の目には一瞬怯えが見えた。

「ごめん。詳しくは言えないけど、竹田さんと一緒にいてくれればいいから」


俺はすぐにバスに戻り、津田と関水と三人で世間話をした。しばしの休憩が終わり、バスは東京へ向かって走り出した。


皆が眠っている中、俺は眠る事ができなかった。関水が何かをするような気がしていたからだ。

--早朝到着して、夕方に練習開始か。俺体力持つかな...


無事、早朝に東京へ到着した。夕方までは自由時間だ。俺は津田と共に関水の足止めをした。

そして、竹田さんと山下さんがどこかへ消えていくのを見届けた。


関水「ちょっと来い。」

トイレに呼ばれた。一瞬体が震える。殴られる事に対する恐怖は薄れていたが、痛みにはまだ慣れていなかった。


--まあ。殴られるだけだし、竹田さん大丈夫だから我慢しよう。

そう自分に言い聞かせた。


関水「お前。何企んでいる?」

「何も企んでません。」

般若の形相でこちらに近づいてきた。


関水「死にたいの?」

「...そっちの方が楽かもしれないです」

疲労感からか、つい本音が口から漏れ出ていた。


関水「...お前、俺が遊びに連れ出してやってるのに、楽しくないの?」

「正直、楽しくないです。」

奴の顔には驚嘆が見えた。


「竹田さんに何するつもりですか?もうよりを戻すのは無理だと思います。もうやめましょうよ」

関水「...何言ってんだ。お前、桜ちゃん狙ってるのか?」

関水「お前なんかに、桜ちゃんを渡す訳にはいかない。」

関水「お前じゃ桜ちゃんを守れない。」

--本気の表情だ。俺は恋愛なんてしたいと思える状況じゃないのに、そんな事もこいつは理解できないんだ。


「そんな訳ないじゃないですか。関水先輩が幸せになるには、他へ行くべきだと思ってるだけです。」


関水「ふざけんな!」

怒声と共に暴力が俺を襲った。

--可哀想な人だな。人間関係を支配関係だけだと思ってるんだ。

......俺もそうだったっけ?暴れすぎてみんなに無視されたな。そうか、関水は昔の俺なのか。ただ、俺の方が理性が強かっただけなんだ。俺と同じ孤独を抱えているんだろうな。


津田「何してんすか?早く行きましょうよ」

トイレの外から津田の声が聞こえてきた。

関水「...行くぞ。お前、遠征から帰った後、覚えてろよ。」


俺は決意を固めていた。

--この地獄を終わらせるのは、俺しかいない...


トイレから出ると朝日が登っていた。そのまばゆい光は俺の決意を後押ししていた。


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