第22話

 アヴェンが入植計画から離反した、翌日の朝。


 アレクミワは非主流派――すなわち、彼を慕ってこの大陸までやって来た人々を集め、昨日の出来事について話した。


「本当……なんですか」


「ええ」


 誰もが困惑を隠せない中、代表して尋ねるイノクに、アレクミワは頷く。


「マジかよ……」


「俺たちは、あの人を頼ってここまで来たってのに……」


「これから、どうすりゃいいんだ……」


 内心の不安を隠せない人々の姿を見て、アレクミワは複雑な気持ちになった。


 先住民を見殺しにできなかったアヴェンの優しさや正義感、それ自体は否定するべきではないと思うし、したくもない。


 だが同時に、こうしてディエゴ・ベラグアの下に残されることになる、自身を慕って入植計画に参加した人々のことも、考えて欲しかったと感じる。


 おそらく、アヴェンが逆の行動を取っていたとしても――ここにいる人々のために、先住民の虐殺を黙認していたとしても、同じような気持ちになっていただろう。


 どちらを選んでも結局、後味の悪さが残ることになる二択を突きつけられたアヴェンのことを、アレクミワは責める気にはなれなかった。


 それよりも今、頭を使うべきなのは、「今後、どう行動するべきか」についてだ。


「……これからどうするかは、皆さんの自由です」


「自由だって?」


 重苦しい空気の中、アレクミワが口を開くと、一人の若い男が怒気を露わにした。


「勝手なことを言わないでくれ! 俺たちはアヴェン・インブスルックがその自由を保証してくれると思ってたから、ここまで来たんだぞ!」


「……では、彼が先住民のことを見殺しにするような男だったとしても、あなたは同じように行動していましたか?」


 男の怒りはもっともなものだったが、幼馴染として、アレクミワはアヴェンのことを庇わずにはいられなかった。


「それは……」


「そうではないから、あなたはディエゴ・ベラグアに従い、主流派に属することができなかったのでしょう?」


 言いながら、アレクミワは自分自身の発言で、自分たちにはあって主流派にはないものに気が付いた。


 誇りだ。


 旧大陸で自分たちを迫害してきた非魔術師たちと、同じ穴の狢にだけはならない――その誇りを捨ててしまったら、ベラグアたちと同じになってしまう。


 そうならないことを選び、自分たちはあの船に乗ったのだから。


 これからも、その誇りを貫くべきだろう。


 たとえどのような苦難が、待ち受けているとしても。


「…………」


 納得が行ったのか、それとも単に反論の言葉が思い浮かばなかっただけなのかは不明だが、男はそれ以上、アレクミワに言い返そうとはしなかった。


「先程、自由だと言ったのは、皆さんは無理に私の考えに従う必要はない、という意味です。私は一応、幼馴染としてアヴェンの考えをそれなりに理解はしているつもりですが、本人ではありませんし、彼に近い実力があるわけでもないですから」


「……考え、と言いますと?」


 アレクミワの長い前置きに、反応したのはイノクだった。


「まず前提として、アヴェンという柱を失ったからといって、安直にディエゴ・ベラグアに追従することは危険です。昨日、直談判をして感じたのですが……彼の本質は、自民族中心主義者エスノセントリストではなく利己主義者エゴイストです」


「つまり……同じ魔術師であっても、気に食わない奴のことは切り捨てる可能性が高い、ってことか」


「ええ」


 男の確認を、アレクミワは肯定した。


 矜持や誇りといった精神的なものを抜きにして、現実的に考えても、今、ベラグアにすり寄ることは得策ではない。


 自分がベラグアの立場なら、「都合が悪くなったからといって、これまで嫌っていた相手に媚びを売るような人間など、信用に値しない」と思うだろう。


「おそらく、平時でも彼は私たちに、危険な役割を押し付けようとするでしょうし……もし、先住民との全面衝突が勃発でもしたら、最前線に立たされるであろうことは、容易に想像がつきます」


「なるほど……だが、それならどうするんだ? 主流派は数でも個々の実力でも、俺たちを圧倒してるんだぞ」


 実際、男の指摘は正しかった。


 誇りを持って生きることは尊いが、それだけで勝てるのであれば――実力差を覆せるのであれば、誰も苦労はしない。


 不都合な事実から目を背けて思考停止していては、それは単なる自己陶酔、現実逃避に堕してしまう。


「それは――」


 そこでアレクミワは、一晩かけてまとめた、自身の考えを話した。


「……たいした信頼だな。流石は嫁さんだ」


 アヴェンの存在ありきのその計画を聞いて、呆れ気味に苦笑する男。


「よ、嫁さん!?」


 突拍子もない言葉に、アレクミワは動揺を隠せなかった。


 確かにアヴェンはもっとも仲の良い異性で、「このまま行けばそのうち結婚するんだろうな」などと、おぼろげに考えてはいたが、第三者からこうもいきなり、それもハッキリとそう言われると、流石に驚かずにはいられない。


「知らなかったのか? あんた、『アヴェンの嫁』って結構言われてるぜ」


 男の発言に、イノクたちは何やら神妙な面持ちで腕を組んで「うんうん」と頷く。


「い、いや、そんな……」


 こんな時に不謹慎ではないかと感じつつも、アレクミワはどうしても頬が緩んでしまう。


 だって。


 傍からもそう見えているなら、割とお似合いってことだろうし。


「そうだ、この作戦は『花嫁作戦』と名付けませんか?」


「おっ、いいね、おっさん」


 イノクのふざけた提案に、男がすかさず賛同する。


「ちょ、ちょっと、やめてください……!」


 顔が火照るのを感じながら、アレクミワは抗議した。


 アヴェンの嫁扱いされることは耐えられるが、流石にそれは羞恥心が許さない。


「冗談ですよ。ですが……悪くない計画なのは、確かだと思います」


「ああ。ベラグアの野郎に従うのも、旧大陸エウロペに戻るのも危険な以上、方法はそれしかないだろうからな……可能な限り、協力するぜ」


「……ありがとうございます。皆さん、一緒に頑張りましょう」


 自分の提案が受け入れられたことにひとまずは安堵しつつ、アレクミワは頭を下げ、それから顔を上げて言った。

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