草木萠動〈そうもくめばえいずる〉・番外編ガールズトーク~草木萠動
じーく
如月のある日
マチルダさんから召集がかかったのは、バレンタインも終わった、2月のある日の事だった。
「ねぇ、聞いた?」
「聞いた」
マチルダさんの渋い顔に、私は笑いながら答える。
「惚気んのもいい加減にしろだよね」
事の発端はこうだ。
先月のほだの誕生日に、あの2人は私たちには何も言わずに結婚写真を撮った。
まあ、それは良しとしよう。
出来上がった写真は、写真館の粋な計らいで、バレンタインに届いた。
タキシード姿ではあるけど、直立不動ではなく、幸せそうに見つめあい笑う、自然な2人の姿を写していて、とても素敵な写真だった。
しかし、だ。
コータは、その結婚写真ではなく、写真撮影の合間に撮ったウェディングベールを被った、まるで花嫁のようなほだの写真をスマホの待受画面にしていた。
『何でそんな花嫁みたいな写真を待受にすんだよ』
それが原因で、犬も食わない甘ったるい夫婦喧嘩になったのだ。
「相手が自分の写真を待受にするなんて、愛されてる証拠じゃないねぇ」
「うちなんて、そんなの1度だってないよ。されてもキモいけど」
呆れ顔のマチルダさんと目を見合わせて、頷きながら出されたカフェオレを口に運ぶ。
「どうせすぐ仲直りするでしょ。なーにが、『出会ってから初めての喧嘩』よ。喧嘩のうちに入りません。ただのじゃれあい、惚気よ惚気」
マチルダさんの身振り手振りの話に、微笑みながら答える。
「結論。幸せなの、ほだは」
マチルダさんが真顔で私を指差す。
「喧嘩してるって言いながら、バレンタインにコータから貰った帆布のバッグ嬉しそうに見せてんだからホントもう」
私は噴き出しそうになってカップを置いた。
「マチルダさんにも見せてんの?」
私たちは呆れて笑いあった。
「見た目アレなのに、女の子より女の子みたいだよね」
「そうそう。それに対して、コータは動じないね」
「『喧嘩? してないよ?』って飄々としてる」
「喧嘩にならないやつ」
ひとしきり笑い合って、私はスマホに目を落とした。
画面には、コータから送られたほだの例の写真とメッセージ。
『これを待受にして、何がいけないと思う?』
「ホント、夫婦喧嘩は流石の私たちでも食えないねぇ」
マチルダさんがブラックのコーヒーをすすったところで、玄関で音がした。
「イズ?」
ナイトが私を呼んだ。
「イズだよー」
ドタドタと走る音がして、ナイトが居間に顔を出した。
私は大きく手を広げて、いつものように飛び込んで来るナイトを受け止めようとしたけど、ナイトは飛び込んでは来なかった。
棒立ちしているナイトを見て、マチルダさんがニタリと笑う。
「もうイズの胸に飛び込めないくらいには、思春期突入なんだよねぇ。瑞穂に田舎のガキ扱いされないように、スマートな中学生目指すのよねぇ」
「全部言うなよ」
ちょっと前まで、マチルダさんにべったり甘えてたナイトが、不満そうにちょっと大人びて言う。
「ほだ、すごーく喜んでたよ。久しぶりに話せて嬉しかったって」
ばつが悪そうにキョロキョロしたナイトが、誤魔化すようにランドセルを下ろして、座卓の上のお菓子に手を伸ばす。すると、マチルダさんが手首を掴んだ。
「手、洗ってきな」
また不満そうに立ち上がったナイトが、手を洗いに居間を出る。その背中を、2人で見送る。
「ま、微妙なお年頃なのは分かるんだけどね」
無造作に置かれたランドセルを端によけて、マチルダさんが呟く。
「成長が、嬉しいような、寂しいような」
「ね」
「でも、ほだにね『誕生日おめでとう』言えたって聞いて、流石のマチルダさんも、ちょっとグッときちゃった。ああまた息子が1歩階段上ったな、って」
「ちょっと飲み込むのに時間かかったけど、大丈夫。だってナイト、ほだ大好きだもん」
ちょっと潤んだ瞳を伏せて、マチルダさんが笑って頷いた。
「ねぇ、ほだとコータは結婚式しないの?」
戻ってきたナイトが唐突に聞く。
私もマチルダさんも、顔を見合わせて、確認して首を振る。
「そんな話は聞いてないけど……、何で?」
「瑞穂が『結婚写真撮ったなら、結婚式するかな? するなら出たい!』って言うから」
私たちはハッとして、再び顔を見合わせた。
「2人で写真撮るのはいいけど、私たちもちゃんとお祝いしたいよね」
「コータのご両親だって見たいはずだよ、2人の晴れ姿」
「結婚式するなら瑞穂呼ぶでしょ?」
「お前は動機が不純だ、コラ」
「ほら、ナイトと瑞穂の進学祝いもあるし、大がかりじゃなくていいから、コータの誕生日の時みたいに集まってさ」
「いいね。ちょっとイズ企画練ってよ」
「よっしゃ、みんないろいろアイデア出して。やりたいこととか」
こういう時の、私とマチルダさんの行動力は自分で言うのもなんだけど、凄い。
アイデアが次から次へと浮かんでは、その場面を妄想して盛り上がる。
「何か楽しくなってきた!」
「こういうのって、学園祭前夜みたいにワクワクするやつだよね」
「ねぇ、瑞穂呼ぶでしょ?」
「ちょっとあんた黙ってな」
こうして、ある日のガールズトークから川島家、三枝家を巻き込んだ一大サプライズが幕を開けたのだった。
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