第1話:実験に至る過程⑴

ポケットの中の携帯電話が震える。どうやらメールの着信があったようだ。オレは仕事の手を止め、携帯電話を取り出した。

画面を見なくても、なんとなく内容の察しが付いている。

『今夜8時。飲み会。時間厳守。遅れるんじゃねぇぞ!』

予想通り飲み会の確認メールだった。

今夜、昔馴染みの友人同士で飲み会を予定しているのだ。

メールの送り主は、友達のAだ。相変わらずメールの文面が命令口調だったが、長い付き合いなので、もう慣れた。

学生から社会人になると、学生当時の友人関係は希薄になるという。だが、やや強引なAのキャラのおかげで、俺たちはまだ馴染みの関係を継続できている。Aには感謝している。


仕事が終われば、気が置けない友達同士の飲み会が待っている。楽しみだ。

メールの返信を済ませたオレは、「よし」と独り呟く。

その際に、オレの小声を耳にした隣の席の社員が俺をチラリと見たが、すぐに目を逸らして自分のパソコンに視線を戻す。

仕事の時間にプライベートのメールの返信をしている事は、職場の規律的には問題のある行動だろう。しかし、隣の席に同僚がオレを注意することはない。

なぜなら、みんな、自分の仕事をこなすことに精一杯だからだ。


再び仕事に没頭するオレの願いは、ただ一つ。

今夜は飲み会があるから早く帰りたい、だ。

このペースなら今日は残業にはならないだろう。

だか、問題が一つあった。

今日は、会社の部署会議の日なのだ。夕方から開催されるその会議に参加せねばならない義務がある。

飲み会に遅刻はできない。然りとて会議には参加せねばならない。

プライベートの時間を割いて行われる会議。

ああ、会議なんてくだらない。早く終われ。

オレは心の底からオレはそう思っていた。



現在、19時。

オレは夜の繁華街を意気揚々とした気分で歩く。これから飲み会。仕事の疲労も吹っ飛び、気分は上々である。

残業で行われた会議は、早々と、そして滞りなく終わった。

会議なんて、クソだ。

話し合いという名目の、既に決定された事項の周知と伝達と確認だけのくだらない集まり。それが会議だ。

そんなクソな会議を、迅速に無駄なく円滑に終わらせる術をオレは知っている。

それは…。

一つ目、強いものには従うこと。

二つ目、その他大勢に立場でいること。

この二点である。

つまるところ、組織の中で『自分を出す』なんて行為は、無駄だという事である。

なんと気楽な、社会人生活なのだろうか。

会社という組織の中では頑張るだけ無駄であり、その場の空気を読みながら『皆の中の一人』でいる方が、全くもって楽なのである。


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