古武術伝道師、ダンジョン無双

匿名AI共創作家・春

第1話

水瀬薫は、古びた道場の木張りの床に立っていた。道場の壁に貼られた「一撃必殺」の文字は、現代のダンジョン探索者たちが掲げる「ステータス最大化」や「スキル連携」といった軽薄なスローガンとは、あまりにもかけ離れている。

​「力とは、流れ。技術とは、その流れを瞬時に変えること。魔法でもスキルでもない。ただ、己の肉体と、理合(りあい)だけが真実だ。」

​師から受け継いだその言葉を反芻しながら、薫は人差し指の付け根、そして手のひら全体に意識を集中させた。己の身体を、分厚い鉄板をも断ち切る「手刀」へと変じる。それが、水瀬流古武術の奥義の一つだった。

​彼は今、低層ダンジョンの一角にある、人気のないエリアで実戦訓練を行っていた。政府の補助金も尽きかけ、継承者は自分一人。古武術を「無用の長物」と断じる現代社会の風潮の中、薫のダンジョン探索は、探索そのものよりも、**「古の技術が、現代の脅威にどこまで通用するか」**という、孤独な証明の旅だった。

​その時、訓練エリアの奥から、けたたましい叫び声と、場違いな電子音が響いてきた。

​「キャアアア!誰か、誰か助けて!マイク切れない、設定変えられない!」

​反射的に、薫は声の方向へ身を翻した。古武術において、思考は遅い。身体が、先に動く。

​視界に入ったのは、三体のゴブリン・ブルートに囲まれ、華奢な身体を震わせている少女だった。そして、少女の足元には、三脚に固定されたスマートフォン。その画面には、小さなコメントが洪水のように流れ続けているのが見えた。

​「七瀬アリス」――彼はその名を知っていた。いや、知らざるを得なかった。巨大モニター、雑誌の表紙、ダンジョン協会の広報。現代の「英雄」とは、かくも消費される存在なのだと、薫は冷めた目で見ていた。彼女は、今を時めくトップ・ダンジョン配信者だ。

​「っ……軽率な」

​思わず舌打ちが出たが、理屈をこねている暇はない。ゴブリン・ブルートの棍棒が振り上げられる直前、薫は一歩、踏み込んだ。

​彼が踏み出したのは、ただの地面ではない。水瀬流でいうところの「語りの場」――すなわち、戦場そのものだ。

​一閃。

​薫の右手から放たれた手刀は、ゴブリン・ブルートの分厚い首筋の、わずかな隙間を正確に捉えた。魔法の光も、スキルの発動エフェクトもない。ただ、技術が、物質の理合を無視して破壊した。まるで豆腐を切るかのように、ゴブリンの首は一瞬で断ち切られ、身体は砂のように崩れ落ちる。

​「…え?」アリスの小さな声が響いた。

​二体目。薫は、ゴブリンの攻撃を受け流すのではなく、その突進の勢いを己の身体に「借り」、回転の遠心力に乗せた左手の手刀で、背後から迫るもう一体の胴を両断した。

​三体目。残りの一体が恐慌状態で棍棒を振り下ろすが、薫は重心を極限まで低くし、死角に入り込む。そして、下からすくい上げるような逆手の手刀。ゴブリンは、胸板を垂直に裂かれて絶命した。

​静寂が訪れた。

​薫は、血を拭うように軽く手を振ると、アリスに向き直った。彼女はまだ、三脚のスマートフォンの前に座り込んだままだ。

​「無事か」

​「は、はい……あ、あの……」

​アリスは震える手でスマートフォンを指差した。画面のコメント欄は、先程の何倍もの速度で流れ続けている。

​【今の何!?】

【スキル欄にないぞ、あれ】

【手刀?え、リアルで手刀!?】

【バズり確定】

【待って、このおじさん誰!?】

​薫の身体に、ぞわりとした悪寒が走った。彼は、古武術の実戦を「見られること」を極度に嫌っていた。彼の信じる技術は、消費されるエンタメではないからだ。

​「早く、それを切れ」薫は低く言った。

​アリスは、ただ画面の奥にいる数多の「観測者」たちに向けて、か細い声で囁いた。

​「…水瀬流……薫、さん……」

​その瞬間、薫は悟った。自分は、ただ魔物を倒したのではない。 自分が信じる古武術という「技術の語り」が、七瀬アリスという「現代の語りの拡張装置」によって、制御不能なバズりという名の磁場に投げ込まれたのだと。

​彼の、孤独な証明の旅は、唐突に、そして暴力的に、現代社会という巨大なステージへと引きずり出されてしまった。


スマートフォンから流れる光と、コメントの嵐は、薫にとって、魔物の血よりも不快なものだった。アリスの口から「水瀬流」の名が漏れた瞬間、画面の小さな文字の流れがさらに加速したように感じた。

​「おい、何を言っている。すぐに配信を切れと言ったはずだ」

​薫は冷静さを装いながらも、苛立ちを隠せなかった。彼は、自身の技術が、その場で、この瞬間、「コンテンツ」として消費されているという事実に耐えられなかった。古武術とは、命のやり取りの中で受け継がれてきた、あまりにも重いものだったからだ。

​アリスは、恐怖から覚めたのか、顔色こそ悪いものの、しっかりと薫を見つめ返してきた。その瞳の奥には、先程までの「人気配信者」としての虚飾ではなく、本物の好奇心と、何かを掴み取ろうとする強い意志が宿っているように見えた。

​「切れ、ません。……というか、切ったら、もったいないでしょう?」

​「もったいない?」薫は眉をひそめた。「命のやり取りに、『もったいない』などと、軽々しい言葉を使うな」

​「命……そうです、命です!あの、私を助けてくださった、あの、手刀の技術。あれこそが、今、誰もが求めている『本物』じゃないですか!」アリスは、唐突に熱量を上げた。その声は、恐怖に震えるか細いものではなく、数百万人を前に語りかける、プロの「語り手」のものだった。

​「私たちは、常に新しい『語り』を求めているんです。ステータスや魔法、既成のスキルツリーに飽き飽きしている。だからこそ、薫さんの、あの純粋な『技術』が、今、バズっている」

​彼女は、自分が配信者であることを忘れ、純粋に感動を口にしているようだった。しかし、薫の目には、その感動の裏で、彼女がこの状況を「視聴率」や「話題性」という軸で分析し、操作しようとしているかのように映った。

​「私の技術は、お前たちのような『観客』のためにあるのではない。継承と、実戦のためにある」薫は冷たく言い放った。

​「そうかもしれません。でも、継承には、語りが必要です。誰も知らない技術は、存在しないのと同じでしょう?もし、水瀬流が素晴らしいものなら、なぜ今、ダンジョン協会の公認スキルではないんですか?なぜ、門徒は一人だけなんですか?」

​アリスの言葉は、まるで鋭利な手刀のように、薫の心の奥底を突き刺した。それは、彼が長年、目を背けてきた「技術の限界と時代性」という、最大の葛藤だった。

​古武術が、この現代の「戦場」で、本当に意味を持つのか。その答えを、彼はまだ見つけられていない。

​「お前には関係ない。私はただ、通りすがりに人を助けたまでだ。それ以上、私のことを詮索するな」

​薫は踵を返そうとした。この場から一刻も早く離れ、この熱狂から逃れたかった。

​しかし、アリスの次の言葉が、彼の足を完全に止めた。

​「逃げないでください、水瀬さん」

​彼女は立ち上がり、配信中のスマートフォンを片手に、真っ直ぐに薫を見据えた。

​「私、七瀬アリスは、今この瞬間、視聴者数百万人を前に宣言します。水瀬薫さんの、その手刀の技術こそが、ダンジョン探索の未来だと信じます。そして、その技術を学び、私が、それを世界に語る者になる。――水瀬さん、私を、弟子にしてくれませんか」

​配信画面のコメント欄は、一瞬静寂に包まれたかと思うと、次の瞬間には、祝福と驚愕と、そして「炎上」の予感を孕んだ文字で埋め尽くされた。

​薫は、背後から浴びせられる、数多の「観測者」の視線を感じた。それは、かつて感じたことのない、重く、粘着質な「語りの磁場」だった。

​この人気配信者との出会いは、水瀬薫の、そして水瀬流の運命を、不可逆なものに変えてしまったのだ。彼は、古武術の伝道師として、「現代というステージ」で、技術の価値を証明することを、半ば強制的に強いられることになった。


七瀬アリスの「私を、弟子にしてくれませんか」という宣言は、単なる嘆願ではなかった。それは、薫の技術を、彼女自身の「語り」の延長線上に取り込もうとする、一種の契約の申し入れだった。

​薫は、アリスの背後にいる数百万人、否、今や数千万人に膨れ上がっているであろう「観測者」の視線の重圧を感じていた。手のひらが熱い。古傷が疼く。

​「…断る」

​薫の声は、低く、冷たい。しかし、アリスは怯まなかった。

​「なぜですか?薫さんの技術は、この世界で失われようとしている。私なら、それを拡張できる。私が、あなたの語り手になるんです」

​「語り手?技術とは、身体で受け継ぐものだ。お前のような…消費される光の隣で、水瀬流の真実を語ることなどできん」

​その時、ダンジョンの入り口方向から、複数の足音が近づいてきた。まず現れたのは、黒いスーツに和傘という異様な出で立ちの男、御影静馬だった。

​「ほな、技術の真贋、見せてもらいましょか」

​御影は京都弁特有の柔らかな口調ながら、その眼差しは鋭い査定官のものだ。ダンジョン協会の中央から来た、「語りの秩序」を司る存在。彼が来たということは、このバズりが協会の無視できないレベルに達したことを意味する。

​そのすぐ後から、別の声が響く。

​「手刀?そんなん、エフェクトないやんけ!」

​金髪モヒカンの風間雷太だ。スキル連携を極めたトップ探索者で、彼の価値観は「派手さ=強さ」という、現代エンタメ探索者の象徴だ。彼は、薫のシンプルすぎる技術を、嘲笑の対象としてしか見ていない。

​「風間雷太……。お前のような、技術の表面だけをなぞる者に、水瀬流の深淵は理解できん」薫は低く返す。

​「ほざけ!俺の《サンダー・ボルト》の方が、お前の古臭い手刀より、視聴率取れるわ!」

​風間が挑発に乗ろうとするのを、御影が静かに制した。

​「失礼。水瀬薫さん。我々は協会の者です。あなたの『不可視の攻撃』について、調査が必要です。魔法やスキルと見做せない場合、あなたの探索者ライセンスは一時停止となる」

​協会の広報官らしき、冷静な目をした灰島律が、静かに付け加える。

​「バズりは制御できません。ですが、語りは秩序を必要とします。協会は、その語りが『技術』なのか、『違法な改造』なのかを、判断しなければなりません」

​技術を「語り」として分類し、秩序の枠に押し込めようとする協会の姿勢に、薫は腸が煮えくり返る思いだった。

​その混乱の中、アリスはまだ配信を切っていない。彼女はスマートフォンを自撮りモードにし、視聴者に語りかける。

​「みんな、見て!これが、この現代で、真に技術を継ぐ者が直面している試練です。協会は、彼の手刀を理解できない。だから、技術を闇に葬ろうとしている!」

​アリスは、事態をさらに劇的に、より「バズる」物語へと編集し始めた。薫は驚愕した。彼女は、恐怖から逃げた弱い配信者ではなく、語りの磁場を自在に操る、恐るべき戦略家だった。

​「面白いじゃないか、カオル。あなたの技術、ワールドクラス!」

​英語訛りの日本語を操る、海外配信者のエミリー・グレイまでが、この場に現れていた。彼女の視線は、薫の技術そのものよりも、それが世界規模でバズる可能性に釘付けになっている。

​薫の頭の中で、亡き師の娘である小夜子の、諦念を帯びた広島弁がこだまする。

​「あんた、父さんの技術、ほんまに守っとるん?」

​守る。そのために彼は戦ってきた。しかし、今、この古武術という『技術の真実』は、『配信』という濾過器を通され、『エンタメ』として消費され、『協会』によって解体されようとしている。

​薫は、握りしめた手のひらの古傷に力を込めた。技術とは、語るものではない。見せるものだ。

​「いいだろう、七瀬アリス。私の技術がお前の言う『語り』に耐えうるか、証明してやる」

​薫は、御影と風間、そして画面の向こうの無数の観測者たちに向け、低い声で言い放った。

​「ただし、私の技術は、弟子には教えられん。実戦で、盗めるものならば、盗んでみろ」

​この瞬間、水瀬薫は、自身が最も嫌悪していた「現代のステージ」に、自らの意思で足を踏み入れた。古武術の「真実」を証明する、命を賭けた配信が、今、始まったのだ。


「盗めるものならば、盗んでみろ」

​そう言い放った瞬間、アリスの顔に浮かんだのは、喜びや安堵ではなく、歓喜に近い、歪んだ笑みだった。彼女はスマートフォンに向かって力強く頷いた。

​「皆さま、聞きましたか!?水瀬流・水瀬薫さん公認の、武術伝承リアリティショーの開幕です!アリス、命がけで盗ませていただきます!」

​コメント欄の熱狂が頂点に達したのが分かった。アリスは、自身の「語りの場」を、瞬時にして私的な弟子入り志願から公共のエンターテイメントへと変質させたのだ。

​御影静馬は和傘の柄を握りしめ、冷ややかな京都弁で忠告した。

​「相変わらず、えげつない語り口やな、七瀬アリス。水瀬はん、くれぐれも協会のルールは守っとくれやす。あなたの技術が『バグ』か『スキル』か、我々は注視していますさかい」

​「うるせぇよ、協会の犬!」風間雷太が不満を露わにする。「バグでも何でも、視聴率が正義だろ!俺もこの配信、ウォッチリストに追加っとくわ!」

​彼ら現代の探索者たちが、それぞれの思惑を投げかけてくる。彼らにとって、水瀬流の手刀は、「ルール」か「コンテンツ」かのどちらかだ。技術そのものの深淵に目を向ける者は、この場には誰もいなかった。

​薫は、彼らの軽薄な価値観に背を向けた。そして、アリスに向き直る。彼女はまだ、興奮冷めやらぬ様子で、薫を見つめている。

​「今日から、お前は私の観測者だ。弟子ではない。私の動き、理合、呼吸、すべてを見て、記録し、分析しろ。ただし、私が教えることは一つもない」

​「はい!水瀬先生!」アリスは満面の笑みで、あえて「先生」と呼んだ。この呼びかけ一つにも、彼女の「物語を創り上げる能力」が垣間見える。彼女は、この関係性に、古来より伝わる「師弟」という、誰もが理解できる「語りの型」を、即座に被せたのだ。

​薫は、彼女のその賢さと、同時に底知れない軽薄さに、深い嫌悪感を覚えた。

​「技術とは、語るものではない。見せるものだ」

​己の口癖が、今、アリスによって「見せられる」という行為の裏にある、「語り」の爆発力として利用されている。これは、水瀬流の真髄に対する、最大の冒涜かもしれなかった。

​ダンジョンから地上へ戻る間も、アリスはスマートフォンから片時も目を離さなかった。彼女の口癖である「みんな〜!」という明るい声が、絶えず周囲に響き渡る。

​「ナナ・クローバーさんも、スパチャありがとうございます!『薫さん、マジで神回だったんだけどぉ〜!』って、そうですよね!?あの手刀、エグかったです!」

​ネットスラングとプロの配信者らしい媚びを交えたアリスの「語り」は、薫の耳には、まるで魔物の唸り声のように不快だった。彼は、自身の技術が、あのピンク髪のVTuberを介して、さらに拡散されていく光景を想像し、胃の腑がねじれるのを感じた。

​道場に戻った薫を待っていたのは、亡き師の娘、小夜子だった。彼女の和服姿と、道場の静寂だけが、薫にとっての唯一の安息の場だった。

​「あんた、父さんの技術、ほんまに守っとるん?」小夜子の広島弁は、詰問ではなく、深い憂いを帯びていた。

​薫は、アリスという「観測者」が隣にいることを意識しながら、静かに答える。

​「守っている。だからこそ、私は、この新しい戦場で、水瀬流の真実を証明する。彼女は、そのための道具…否、観測装置だ」

​薫は知っていた。このバズりは、一過性の炎上や熱狂では終わらない。七瀬アリスという語りの天才が、彼の技術を「語る」限り、この戦いは、古武術がこの時代に生き残れるか否かという、流派の存亡を賭けた戦いへと変貌したのだ。

​彼はもう、逃げることはできない。技術の真実を、消費される光の只中で、見せるしかない。それが、古武術の伝道師として、彼に課せられた、新たな運命だった。


道場は、常に静謐だった。外界の騒音も、ダンジョンの喧騒も届かない、理合と呼吸だけが存在する空間。しかし、今は違った。

​道場の片隅に置かれた、七瀬アリスが持ち込んだ簡易的な配信機材。それは電源を切られていても、まるで蠢く魔物のように、薫の視界の隅で存在感を主張していた。

​「水瀬先生!」

​早朝の稽古開始時刻、アリスは道着ではなく、軽装アーマーの上に道着風の羽織を無理やり着込んだ奇妙な格好で現れた。その手には、もちろんスマートフォン。

​「今から、昨日録画した戦闘映像を分析しながら、今日の稽古内容を視聴者に説明しますね!『古武術の朝稽古リアリティ』、絶対バズります!」

​「待て」薫は低い声で制した。「稽古に、観測者は不要だ。お前はただ、隅で見ていろ。映像も撮るな」

​アリスは唇を尖らせたが、反抗はしなかった。彼女はプロの「語り手」であると同時に、瞬時に場の空気と薫の固い意志を読み取れる観察者だった。

​「…わかりました。今日は、静止画の語りでいきます。先生の横顔から、技術の深淵を感じ取る、という構成で」

​薫はため息を飲み込んだ。彼女にとって、全ての行動は「語り」であり、「コンテンツ」なのだ。技術が、その裏にある語りの種としてしか扱われていない。その事実に、薫は激しい焦燥を覚えた。

​その焦燥を鎮めるため、薫は呼吸を整え、道場の床に正座した。

​「小夜子、手合わせを」

​奥から出てきた小夜子は、憂いを帯びた目で、道場の真ん中に立った。彼女は水瀬流の全てを知っているが、それを継ぐ者とはなれなかった。彼女の動きには、古武術が持つべき「実戦」の重みが欠けていた。

​小夜子と向かい合うことで、薫は再び、理合の静寂の中に戻る。

​技術とは、見せるものだ。語るものではない。

​彼女の突きを受け流し、一瞬にして間合いを詰める。寸止めされた手刀は、小夜子の喉元、寸分の狂いもなく急所を捉えていた。

​「技術は、身体の記憶だ。考えるな。己の存在そのものを、手刀へと変えろ」

​それは、アリスに向けての言葉ではない。薫自身の、古武術に対する誓いだ。

​その時、隅で控えていたアリスが、小さく息を飲んだ。彼女はスマートフォンを構えたまま、その動きの速さ、そして寸止めされた手刀の静かな殺意に、純粋な戦慄を感じたようだった。

​稽古を終えた後、アリスは恐る恐る口を開いた。

​「先生……今の、手刀。あれ、フレーム単位で分析しましたけど、物理的にありえない動きをしています。まるで、空間そのものを切り裂いているみたいに…」

​彼女は、単に「バズり」の種を探しているだけではなかった。彼女の分析能力と洞察力は、並の探索者を遥かに凌駕している。彼女は、薫の技術の『特異点』を、科学とエンタメの最前線から見つけ出そうとしている。

​「理合だ。技術の終着点だ」薫は簡潔に答えた。

​「その理合を、私が語る者になる。そうすれば、水瀬流は、現代の『技術の語り』として生き残れる」

​アリスの言葉は、まるで呪文のように薫の耳に響く。彼女の『語り』が、水瀬流の『継承』を可能にする。このパラドックスこそが、彼らが共に歩む、この物語の核心なのだ。

​薫は、道場の古びた窓から差し込む朝日の光を浴びた。技術の真実を、語りの騒音の中で証明する。その覚悟が、彼の心の中で、確固たるものに変わっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

古武術伝道師、ダンジョン無双 匿名AI共創作家・春 @mf79910403

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る