第33話 文香の告白:好意の確定


 すべての行為が終わり、俺の部屋には、三人分の熱と汗、そして混じり合った体液の濃厚な匂いが充満していた。右腕には文香の、しっとりと汗ばんだ柔らかな肌。左腕には菜月の、引き締まったしなやかな身体の感触。俺は、その二つの異なる温もりに挟まれ、まるで世界の王にでもなったかのような、倒錯的な全能感に浸っていた。罪悪感は、度重なる快感の波によって、どこか遠い場所へと洗い流されてしまったかのようだ。もはや、この関係に名前などない。友情は、あのラブホテルの夜に死んだ。そして今、その死体の上で、俺たちは、性という名の、より原始的で、より強固な絆を結び直している。


 隣で、菜月の規則正しい寝息が聞こえ始めた。彼女は、この異常な状況に誰よりも早く順応し、そして、その中で自らの立場を確立することに成功した。その能天気さと、時折見せる鋭い独占欲。その危ういバランスこそが、彼女の魅力であり、俺を惹きつけてやまない引力だった。彼女の眠りを確認した俺は、そっと、身体の向きを変え、まだ微かに震える文香の身体を、改めて見つめた。


 西日が差し込む部屋の薄明りの中で、彼女の白い肌は、まるで上質な絹のように、艶めかしく光っている。乱れた黒髪が、汗で濡れた額や首筋に張り付き、その姿は、普段の彼女が纏う文学少女の仮面を、完全に剥ぎ取っていた。黒縁眼鏡のないその素顔は、驚くほど幼く、そして無防備に見える。しかし、その半開きの唇から漏れる、熱い吐息と、潤んだ瞳の奥で揺らめく光は、俺だけが知っている、彼女の内に秘められた、底知れない激情を物語っていた。


「……佑樹君」


 彼女が、囁くような声で、俺の名を呼んだ。その声には、まだ、快感の余韻が、色濃く残っている。


「……ああ」


「私……夢を、見てるみたい」


 彼女は、そう言うと、俺の胸に、その顔をそっと埋めた。その仕草は、まるで嵐の中から安全な港を見つけた、小さな船のようだった。


「彰太君の隣にいる時の、完璧な『白石文香』でいなきゃいけないっていう、あの息苦しさがないの。ここでは、私は、ただの私でいられる。……ううん、本当の私で、いられる」


 その言葉は、俺の心の最も柔らかい部分を、優しく撫でた。俺は、彼女にとって、単なる肉欲のはけ口ではない。彼女の魂を、その偽りの仮面から解放する、唯一の存在なのだ。その事実が、俺の歪んだ自尊心を、甘く満たしていく。


「文香は、俺のものだ。そのままの姿の文香を受け入れたい。俺も手伝うから、彰太とのこともできるだけ早く整理しよう。中途半端でいる方が彰太に気の毒だ。俺と文香と菜月、どんな形でともに歩んでいけるか、一緒に考えよう。文香と菜月の二人を好きになっていて今まで逃げてきたが、あのラブホテルの日に気が付いたんだ。逃げていたら欲しいものは手に入らないってね。大学進学のことも含めて俺たちの将来を一緒に考えていこう。文香は、俺のものだ。文香は、ありたい自分であればいい。」


 俺の言葉に、文香は、顔を上げた。その瞳は、驚きと、そして、これまで見たことのないほどの、深い安堵の色に濡れていた。彼女は、何も言わずに、ただ、こくこくと、何度も頷いた。その姿が、俺の庇護欲を、そして支配欲を、さらに強く掻き立てた。


 俺は、彼女のその言葉に応えるように、再び、その身体を求めた。今度の結合は、もはや儀式ではない。それは、互いの存在を、魂のレベルで確認し合うための、必然的な行為だった。俺は、彼女の白い脚を、自らの腰に絡ませると、ゆっくりと、しかし、確実に、その奥深くへと、再び侵入していく。


「あ……っ、ゆうき、くん……!」


 文香の口から、甘く、そして切なげな喘ぎが漏れる。彼女の身体は、俺の動きを、待っていたとでも言うように、そのすべてで受け入れた。俺は、彼女の豊満な胸を、両手で包み込み、その柔らかさを確かめるように、優しく揉みしだく。その頂点に唇を寄せると、彼女の身体が、ビクリと、感電したかのように跳ねた。


「だめ……そこは、だめ……」


 彼女は、そう言いながらも、自ら、その胸を俺の唇へと押し付けてくる。その矛盾した行為が、彼女の理性が、快感によって、完全に崩壊していることを示していた。


 俺は、彼女のその反応を楽しみながら、腰の動きを、さらに深く、そして速めていく。ベッドが、俺たちの激しい動きに合わせて、軋む音を立てる。その音が、この背徳的な行為の、唯一のBGMだった。


 どれくらいの時間が経っただろうか。俺の肉体が、再び、その限界を迎えようとしていた、その時だった。


「……佑樹君の、ぜんぶが、好き、なの……」


 絶頂の波に身を任せながら、文香が、途切れ途切れに、そう囁いたのだ。


「ああ、文香の全てが好きだ……全てが俺のものだ」


 俺のその言葉は、文香の身体を、内側から貫く、最後の一撃となった。彼女の瞳が、驚きと、そしてこれ以上ないほどの歓喜に見開かれ、その全身が、激しく痙攣を始める。それは、単なる肉体的な絶頂ではなかった。俺に、完全に所有されたという、精神的な絶頂。その証拠に、彼女の口からは、もはや喘ぎ声ではない、嗚咽に似た、魂の叫びが漏れていた。


 俺は、その言葉に応えるように、彼女の身体の、最も奥深い場所で、自らのすべてを、解き放った。


「っ、ああああああ……!」


 俺の絶叫と、文香の甲高い悲鳴が、部屋の中で一つに重なる。熱い精液が、彼女の子宮口へと、何度も、何度も、注ぎ込まれていく。その奔流が、俺たちの間に、決して断ち切ることのできない、新しい、そして、より危険な絆を、刻みつけていくようだった。


 行為が終わり、俺は、文香の身体の上に、崩れ落ちるように倒れ込んだ。二人の汗ばんだ肌が、ぴたりと密着し、互いの心臓の鼓動だけが、部屋の静寂の中に響き渡っている。


 俺の心の中には、先ほどまでの全能感とは異なる、新たな感情が芽生えていた。それは、文香のあの告白に対する、戸惑いと、そして、彼女の人生のすべてを背負わされてしまったかのような、重い、重い、責任感だった。彼女のこの愛情は、菜月のそれとは、明らかに違う。それは、より深く、より純粋で、そして、より独占的な色を帯びていた。


 文香の、俺への依存は、この告白によって、もはや後戻りのできない段階へと、深く、進んでしまった。その事実が、俺に、かすかな優越感と、それ以上の、先の見えない恐怖を、同時に感じさせていた。文香は俺から逃げられないし、俺もまた文香からは逃げられまい。菜月についても同様なのだが、正面から全力で向き合う必要がある。俺にも一緒にともに歩み続けるための覚悟と努力が必要だ。

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