第13話 秘密の再開と「友達」の免罪符


 佑樹の自室のドアが、乾いた音を立てて閉まった。その瞬間、外の世界の音はすべて遮断され、部屋の中は二人だけの密室と化した。彰太の家で張り詰めていた緊張の糸が、ぷつりと切れる。帰り道で感じていた衝動的な欲望が、この閉鎖された空間で一気に膨張し、部屋の空気を濃密な熱で満たしていく。壁に貼られたサッカー選手のポスターも、読みかけで放置された漫画雑誌も、すべてが彼らの日常の断片でありながら、今この瞬間だけは、これから始まる背徳的な行為の舞台装置と化していた。


 菜月は、部屋に入るなり、背負っていたリュックを無造作に床へと放り投げた。その仕草には、もはや何の躊躇もなかった。彼女は、佑樹のベッドに腰掛けると、挑発的な瞳で彼を見つめる。その視線は、「さあ、早く続きをしよう」という、抑えきれない欲望を雄弁に物語っていた。


「あんたの部屋、相変わらず汚いね。でも、落ち着く」


 菜月は、ぶっきらぼうな口調で言った。その言葉は、この場所が彼らにとって、幼い頃から共有してきた安全な聖域であったことを示している。しかし、その聖域は今、最も不純で、最も刺激的な秘密の隠れ家へと、その役割を変えようとしていた。


 佑樹は、言葉を発することなく、菜月の隣に座った。彼女の肌から放たれる、シャンプーの甘い香りと、微かな汗の匂いが、彼の理性を麻痺させる。彼は、菜月の肩に手を回し、その小柄な身体を強く引き寄せた。


「っ……」


 菜月は、息を呑んだ。佑樹の腕の力強さと、彼の肌から伝わる熱が、彼女の身体に直接的な欲望の火を点ける。二人の視線が、至近距離で絡み合った。もう、言葉は必要なかった。


 佑樹は、菜月の唇を、貪るように塞いだ。それは、ラブホテルでの最初のキスとは比較にならないほど、激しく、切実なものだった。彰太への罪悪感、文香との秘密の共有、そして菜月への独占欲。それらすべての感情が、この一つのキスに凝縮されている。菜月もまた、その激しいキスに、全身で応えた。彼女の舌が、佑樹の口内を大胆に探り、彼のすべてを味わい尽くそうとする。彼女の指先は、佑樹の背中を強く掻き立て、この行為が単なる遊びではない、本物の欲望のぶつかり合いであることを示していた。


 長い、息もできないほどのキスの後、二人はゆっくりと唇を離した。互いの唾液で濡れた唇が、部屋の明かりの下で艶めかしく光る。菜月の頬は紅潮し、その瞳は熱に浮かされたように潤んでいた。


「なあ、菜月」


 佑樹は、荒い息を整えながら、彼女の耳元で囁いた。その声は、罪の意識と、背徳的な快感への期待で震えている。彼は、これから始まる行為を正当化するための、最後の言葉を探していた。


「俺たち、友達だよな」


 その言葉は、疑問形ではなかった。それは、確認であり、誓約であり、そして何よりも、これから犯す罪に対する、二人だけの「免罪符」だった。この言葉さえあれば、彼らの行為は、友情を破壊する裏切りではなく、特別な絆を持つ者同士の、秘密の儀式へと昇華される。


 菜月は、その言葉の意味を、瞬時に理解した。彼女の口元に、満足げな笑みが浮かんだ。


「当たり前じゃん、馬鹿。私たちは、ただの友達じゃない。誰にも言えない秘密を共有する、特別な悪友だよ」


 菜月は、そう言って、佑樹の首に腕を回し、再び彼の唇を奪った。彼女の言葉は、佑樹の最後の罪悪感を打ち砕き、彼らの関係を「共犯者」として、より深く、より強固に結びつけた。


 佑樹は、菜月の身体をベッドへと押し倒した。彼女のTシャツの裾から手を滑り込ませ、その滑らかな背中の感触を確かめる。菜月の肌は熱く、彼の愛撫に敏感に反応し、小さく身を震わせた。彼女の身体は、既に完全に準備が整っている。


「文香とのこと、見てて、どうだった?」


 佑樹は、あえて文香の名を出した。それは、菜月の嫉妬心を煽り、彼女の独占欲を確かめるための、残酷な問いかけだった。


「ムカついた。でも、あんたが、あいつの処女を奪うところを見て、興奮したのも事実だよ。優等生の仮面が、あんたの肉棒でめちゃくちゃにされていくのが、最高に面白かった」


 菜月の返答は、嫉妬と、倒錯的な興奮が入り混じった、正直なものだった。彼女は、この歪んだ三角関係を、一つのエンターテイメントとして楽しんでいる節がある。その危うさが、佑樹をさらに惹きつけた。


「じゃあ、俺は、お前のことも、めちゃくちゃにしていいんだな」


「望むところだよ。文香以上に、ぐちゃぐちゃにしてよ。私だけが、あんたの全部を受け止められるって、身体で教えてあげる」


 菜月は、自らTシャツを脱ぎ捨て、そのコンプレックスである小さな胸を、堂々と佑樹の前に晒した。その行為は、彼女の弱みを、佑樹への絶対的な信頼の証として捧げるという、献身的な愛の表現だった。


 佑樹は、その小さな胸に顔を埋めた。彼女の肌の匂いが、彼の欲望を限界まで高める。


 この秘密の再開は、彼らの共犯者としての絆を、決定的に深める儀式だった。彰太の家で感じた罪悪感は、今や背徳的な快感を増幅させるためのスパイスとなり、二人の関係を、より刺激的で、より危険な領域へと導いていく。佑樹の自室という日常の空間は、彼らの秘密の熱によって、完全に聖域から密室へと姿を変えたのだった。

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