第2話 絶対に屈しない
「……今、なんて?」
当然、聞き返す。
嫁なんて言葉、魔王の口から出るはずがない。
否――出たとしても、フェルナを嫁にするなど意味が分からなかった。
「嫁にすると言ったが」
「……嫁?」
そうして、フェルナはその言葉を繰り返してしまう。
「ん? まさか、意味を知らないか?」
「それは知ってるけど……誰が誰を嫁にするって?」
「私が君を嫁にすると言っているが」
「……意味が分からない」
――結局、理解はできないところに落ち着く。
魔王に負けた勇者の末路は死――ではなく、魔王の嫁。
そんなこと、誰が予想できるというのか。
「別におかしなことを言っているつもりないが」
「おかしいよ、どう考えても。どうしてわたしがあなたの嫁にならないといけないの?」
「どうして――つまり、まずはお互いを理解しないといけない、ということか?」
「……そういうことじゃない」
思わず、フェルナは眉間に皺を寄せた。
――魔王が思っていた人物とは違う。
「第一、対峙した時のあなたは女の子の姿じゃなかったはずなのに」
「ああ。魔王がこれでは示しがつかないこともあるのでな――来客に対してはああいう姿になる」
魔王の言う『ああいう姿』とは――禍々しい魔力を身に纏ったような、恐ろしい鎧姿のことだ。
身長や体型、声の質に至るまでまるで違う――だが、先ほどの魔剣は本物。
つまりはカムフラージュ、というわけだ。
今更、彼女が魔王であることを疑っているわけではない。
魔王なのだとしたら――嫁にする、という言葉が理解できないだけだ。
「どういうつもりか知らないけど、殺すなら早く殺した方がいい」
「私は君を殺すつもりなんてないが」
「っ、人質にでもしようってこと?」
「人質――なるほど。だが、勇者は人質にはならないんじゃないか? 聖剣ならともかく」
「――聖剣はどこにやったの?」
フェルナは魔王を睨みつけて、問いかけた。
「あれは私の方で管理させてもらおう。聖剣は魔族に対して強い効力を持つ危険な物だからな」
そう――聖剣とは人族だけが扱える、魔族に対して特攻を持った武器のこと。
聖剣を扱える物を勇者と呼び、フェルナはその才能があった。
「返して」
「なら、私の嫁になるか?」
「……ならない」
「なら返さない」
「……本当に、意味がわからない」
魔王が勇者を嫁にするなどと――世迷言もいいところだ。
「説明が必要ならしてやるが。この私に傷をつけた――君のその実力は評価に値する。だから、私の嫁にしようと思った」
「……そんなことで?」
「重要なことだろう? 魔王になる基準は圧倒的な強さ――その嫁となるのなら、当然強さは評価されることだ」
「わたしとあなたは女性同士だと思うけど」
「性別など関係ない。私が惚れたのだから」
――全く話が通じない。
このまま話していても意味がない、そう思えるほどにだ。
「ああ、そう言えば名乗っていなかったな。君の名前も知らないのに嫁にしよう、などとおかしな話か」
「……それ以前の問題だし、魔王の名前に興味なんてない」
「私は君の名前に興味がある」
「……」
何を言っても無駄と判断し、フェルナは黙った。
すると、魔王は何を思ったのか――不意にフェルナを押し倒すと、そのまま口づけをした。
「……? ……!?」
――あまりに突然のことで、反応が遅れてしまった。
口づけを終えた魔王は満足気な笑みを浮かべると、
「私はリシア・ユークロス。君の名前は?」
魔王――リシアはそんな風に問いかけてきた。
「い、今の口づけの意味は……?」
「質問に答えないならもう一度口づけをしてもいいが」
「! フェルナ・バスティード……」
「フェルナか――いい名前だ。これからよろしく」
そう言って、リシアはフェルナの身体を優しく抱き寄せる。
――当然、フェルナはリシアを突き飛ばした。
「どういうつもりか知らないけど、嫁になんてなるつもりはない」
「はははっ、まあゆっくりお互いを知っていけばいいさ」
「……別に知りたくもない」
「受け入れた方が早いと思うが。まあ、今の態度もそそるから悪くないが」
やはり何を言っても無駄なようだ――けれど、答えないと口づけをする、と言われてしまっては相手をするしかない。
生かされているとしたら――逆に運がいいのかもしれない。
魔王の近くで、常に隙を狙うことができるのだから。
(……わたしは絶対に屈しない)
フェルナは心に固く誓う。
そして――彼女が魔王の嫁になる日はそう遠くはなかった。
戦うことしか知らない勇者が魔王の嫁になる話 笹塔五郎 @sasacibe
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