戦うことしか知らない勇者が魔王の嫁になる話

笹塔五郎

第1話 嫁にしようと思っている

「魔王を殺しなさい――それが、君が存在する理由です」


 幼い頃から少女――フェルナ・バスティードはそう教わってきた。

 魔王は諸悪の根源であり、人々を苦しめる魔物を作り出している。

 フェルナは選ばれた存在で、『聖剣』を扱える勇者なのだと。

 選ばれし人間だから――魔王を討つために強くなり、戦うのだと。

 その言葉通り、フェルナは十五歳となった日――魔王を討つことになった。



   ***


「……っ」


 フェルナが目を覚ましたのは、見知らぬ部屋だった。

 鎖で繋がった手枷や足枷に首輪までついている。

 首輪にも鎖が繋がっていて――ベッドの柵に固定されていた。

 身体にはあちこち包帯が巻かれていて、着ていた服は全て脱がされたのか――薄手の布地のものしかない。

 何故だか、戦いで汚れていたはずの白髪や肌は綺麗になっているが。


(そっか……わたしは……)


 ――敗北した。

 魔王との戦いに負けたのだ。

 魔王がいるという魔王城に到着し、フェルナは魔王と対峙した。

 禍々しい魔力を持った魔王との戦いは熾烈を極めたが――一歩及ばなかったどころではない。

 純粋に、魔王はフェルナの遥か先にいた。

 次元の違う強さだったのだ――負けたのは当然、というべきだろう。

 手元には勇者の証である聖剣もない――だが、そうなると一つ疑問が残る。

 どうして、フェルナは生きているのか。

 それに、ここはどこなのか――随分と広い部屋で、ベッドの大きさもフェルナの知る物とは随分と違う。

 色々と飾られている物も多いが、何やら魔物のぬいぐるみのような物まである。

 フェルナは思わず顔をしかめた。

 人類の敵である魔物をぬいぐるみにするという発想が理解できないからだ。

 フェルナがそんな風に考えていると、話し声を足音が聞こえてくる。


「――午後の会議は欠席する。私がいなくてもどうにかなるだろう」


 その言葉と共に扉が開く――黒を基調としたドレスに身を包んだ黒髪の少女が部屋に入って来た。

 そうして、フェルナと少女の視線が合う。


「! 目を覚ましたか」

「あなたは……?」


 フェルナは少女を怪訝そうな表情で見つめた。

 年齢はフェルナと同じくらいか――この部屋に入って来たのだから、この部屋は彼女のものなのかもしれない。

 少女は部屋に入るとすぐに、フェルナの傍へと寄ってきて椅子に座った。


「私が誰だか分からないか?」

「……それどころか、ここがどこかも分からない。どうして、わたしが生きているのかも。あなたが助けてくれたの?」


 フェルナの問いかけを受けて、少女は少し驚いたように目を丸くした。

 そして――何がおかしいのか、小さく笑みを浮かべる。


「なるほど、助けた、か。確かにそういうことになるのかもしれないな」

「……? それは、どういう……?」

「はははっ、意外と察しが悪いな。これを見れば分かるか?」


 少女はそう言うと、手元に魔力を込めた。

 禍々しい魔力が集約し――やがて見えたのは、『魔剣』だった。

 フェルナが対峙した魔王が持っていた物と全く同じ、だ。


「――まさか」


 フェルナは驚きの表情を浮かべた。

 目の前にいる少女が、フェルナと戦った魔王だというのか。


「それほど驚くことでもあるまい? 勇者と魔王がさほど年齢の変わらない少女だったとして」

「……そうかもしれないけれど――どうして、わたしを生かしているの?」


 フェルナは純粋な疑問を口にした。

 勇者と魔王が戦った――ならば、どちらかが死ぬ。

 それ以外に道はないはずだ。


「どうして、か。そうだな――答えは実にシンプルなのだが」


 少女――魔王はそう言いながら、椅子から立ち上がるとベッドに膝を乗せた。

 寄ってくる魔王に対し、フェルナは警戒するように後ろへ下がる。


「怯えた姿も可愛らしいな」

「! 怯えてなんていない」


 フェルナは魔王の言葉を否定する。

 すると、魔王はくすりと笑う。

 その姿に、フェルナは苛立ちを隠せない。


「……何故、わたしを殺さないの?」


 フェルナは改めて問いかけた。


「理由は一つしかない――君のことが気に入ったので嫁にしようと思っている」

「……は?」


 ――理由を聞いても、とても理解できるものではなかった。

 

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