EP 5
『ミッドウェー・ハック(改竄された海戦)』
1942年5月下旬。連合艦隊旗艦「大和」長官室。
空気は張り詰め、黒島亀人(くろしま かめと)首席参謀の顔は、東條英機(坂上)が置いていった「ドイツレポート」を睨みつけたまま、怒りで歪んでいた。
「長官! 陸軍(おか)の者に踊らされるとは! このMI作戦は、私が心血を注いだ完璧な計画ですぞ!」
黒島の金切り声が響く。
山本五十六は、静かに目を閉じていたが、やがてゆっくりと目を開けた。
「黒島君。君の計画は『完璧』すぎる。そして、敵を侮りすぎている」
「なにを!」
「東條総理(あれ)が持ってきたレポート……『ロッテ戦法』『輪形陣』。馬鹿げていると思うか? 私は思わん。むしろ、これこそが、私がラバウルで空戦を見て以来、漠然と感じていた『違和感』の正体だ」
山本は立ち上がった。
「ラバウルの若者たちは、零戦の格闘性能に驕り、単機で突っ込みすぎだ。だが、この『ドイツレポート』によれば、敵は二機一組(ツーマンセル)で確実に仕留めに来る。東條総理(あれ)の言う通り、これからの空戦は『一撃離脱』の時代だ」
「しかし、作戦の変更は今さら……」
「今さらでも、やる」
山本の決定は絶対だった。
「MI作戦は決行する。だが、内容は変更する。
第一。アリューシャン攻略部隊(北方)に送る空母(龍驤・隼鷹)は中止。陽動の駆逐艦部隊のみとする。機動部隊の戦力はミッドウェーに集中させる。
第二。南雲機動部隊は、東條総理のレポートにある『輪形陣(サークル・フォーメーション)』を試行。空母四隻を菱形に配置し、護衛の戦艦・巡洋艦で円陣を組み、対空砲火を集中させる。
第三。全航空隊に通達。戦闘機隊は、即刻『二機一組』のロッテ戦法を採用せよ。三機編隊での戦闘を原則禁止する」
黒島は「正気ですか…」と呻いたが、山本の決意は変わらなかった。
かくして、南雲忠一率いる機動部隊は、史実とは異なる「防空陣形」と「新戦術」を携え、運命のミッドウェーへと出撃した。
同じ頃、東京、総理大臣官邸。
坂上(東條)は、海戦(ミッドウェー)とは別の「戦争」の真っ只中にいた。
「総理、ご再考を! 『大和』の建造中止など、海軍の士気に関わります!」
海軍省の軍務局長が、血相を変えて詰め寄る。
坂上(東條)は、デスクに山と積まれた「戦時標準船」と「海防艦」の設計図を指差した。
「士気? 士気で石油が運べるか。士気で米国の潜水艦が沈められるか」
彼は、ヒステリックな東條を演じる。
「『大和』は、世界最大の『ホテル』だ! 俺が欲しいのは、兵士を餓死させないための『飯盒(はんごう)』だ! 『大和』の主砲塔に使われる特殊鋼は、すべて海防艦の装甲板に回せ! 異論は認めん! これは『技術総力戦本部』総裁(=俺)の決定である!」
官僚たちは、カミソリ東條の「狂気」に満ちた合理性に、為す術もなく引き下がった。
坂上は、彼らの背中に向かって呟く。
「(ミッドウェーで何隻失うか……生き残った艦(フネ)を動かす油を運ぶ船が、今は何より必要なんだ)」
彼のデスクには、呉の工廠から届いた「伊四〇〇型(パナマ攻撃用)」の進捗報告と、「排気タービン(B-29対策)」の試作状況を示すレポートが、静かに置かれていた。
1942年6月5日。ミッドウェー沖。
南雲機動部隊は、運命の朝を迎えた。
「敵機、直上! 数100!」
見張り員の絶叫が響く。
史実通り、米軍の奇襲は成功した。
「対空戦闘、始め!」
空母「加賀」艦橋で、艦長が叫ぶ。
だが、史実と決定的に違う光景が展開された。
1. 輪形陣の威力:
米軍のドーントレス(急降下爆撃機)が突入する。
だが、空母4隻を囲む戦艦「榛名」「霧島」、巡洋艦「利根」「筑摩」が、集中砲火の「弾幕」を張る。
「(これか! 東條閣下の言っていた『VT信管』対策の弾幕は!)」
坂上の「偽情報」が、結果として日本の対空砲火を異常なまでに濃密にしていた。
2. ロッテ戦法の迎撃:
上空では、零戦隊が「二機一組」で米軍機に襲いかかる。
格闘戦に持ち込まず、一撃離脱で敵機を確実に叩き落とす。
史実では一方的に破られた直掩(ちょくえん)機は、必死に食らいつき、米軍の攻撃隊に甚大な損害を与えた。
しかし――
「『加賀』に爆弾命中!」
「『蒼龍』、炎上!」
坂上の「ハック」は、戦術レベルのものだった。
米軍の「戦略(コード解読)」という根本的なアドバンテージを覆すことはできない。
輪形陣とロッテ戦法で粘るものの、集中攻撃を受けた「加賀」「蒼龍」は、史実通り、あるいはそれに近い損害を受け、航行不能に陥った。
だが、ここからが違った。
「赤城」「飛龍」、健在!
二隻の空母は、損害を免れた。
反撃の指揮を執る山口多聞(やまぐち たもん)少将は、即座に「ロッテ戦法」で鍛えられた残存航空機をまとめ上げ、米空母「ヨークタウン」に反撃。これを撃沈する。
海戦は、泥沼の殴り合いとなった。
日本は空母「加賀」「蒼龍」を失った。
米国は空母「ヨークタウン」を失った。
日本側は、史実(4隻全滅)とは異なり、「赤城」「飛龍」の2隻、そして何より、史実では壊滅したベテランパイロットの大半を生還させることに成功した。
山本五十六は、後方の「大和」で戦況報告を受け、歯噛みした。
「……負けだ。だが……」
彼は、東條英機(坂上)の顔を思い出していた。
「(東條閣下……あなたの『予言』がなければ、我々は全滅していた……)」
ミッドウェーは「敗北」だった。
だが、「壊滅」ではなかった。
そして、この「痛み分けの敗北」が、坂上(東條)の「技術総力戦」の正しさを、帝国海軍に骨の髄まで叩き込むことになったのである。
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