EP 2
『ハック・ザ・システム(技術総力戦の開始)』
官邸の一室。
嶋田海相と杉山参謀総長は、坂上(東條)の「兵站は?」という一言で、完全に凍り付いていた。
勝利の美酒に酔うはずだった部屋は、まるでイージス艦の戦闘指揮所(CIC)のような、冷たい緊張感に支配されている。
「そ、総理……兵站、と申されますと……」
杉山が、A級戦犯(未来の)ナンバーワンとは思えぬ、狼狽した声で問い返す。
坂上は、東條英機の甲高い声を必死に模倣しながら、中身(イージス艦長)の冷徹さで言い放った。
「言葉の通りだ、杉山君。いまハワイを叩いた。結構だ。だが、その艦隊はいつまで『浮いて』いられる? 燃料(オイル)はどこから来る? 占領した南方からだ。その石油をどうやって本土に運ぶ?」
「それは……輸送船団であります」
「その輸送船団(タンカー)を、何で護衛する」
嶋田海相が、カミソリ東條の「詰問」に、ようやく口を開いた。
「はっ。それは、駆逐艦や海防艦が適宜……」
「適宜だと?」
坂上(東條)は、机を拳で叩きつけた。東條英機なら、そうするはずだ。感情(ヒステリー)を演じることで、己の合理性(ロジック)を通す。
「嶋田君! 君たち海軍は、米国の戦艦を沈めたと喜んでいるが、米国の潜水艦(サブマリン)はどうした! 一隻も沈めておらんではないか!」
これは21世紀の海自幹部なら誰もが知る「史実」だ。真珠湾攻撃は、戦艦こそ叩いたが、空母も、潜水艦も、そして何より兵站の要である「石油タンク」も、まったくの無傷だった。
「奴らの潜水艦が、我が国の輸送船団を狙ったらどうなる! 石油が来なければ、君たちの自慢の連合艦隊は、呉(くれ)の港で『鉄の置物』になるんだぞ! それがわからんのか!」
二人は絶句した。
目の前の東條英機は、いつもの精神論を叫ぶ「陸軍バカ」ではなかった。
数字(データ)と兵站(ロジスティクス)で敵を殴りつける、冷徹な「システム屋」の顔をしていた。
「総理……何やら、今日はお考えが冴えておられるようで……」
杉山が、気味悪そうに後ずさる。
坂上は、畳み掛ける。「(そうだ、この『違和感』を逆手に取る)」
彼は、二人に背を向け、障子の方へ歩く。そして、重々しく口を開いた。
「……夢を見た」
「は……?」
「正確には、夢ではない。昨夜、駐独武官(大島浩)を通じ、ドイツ総統府から、ある『情報』がもたらされた。信じがたい内容でな。一睡もできんかった」
坂上は、この時代の人間が最も好み、かつ、反論しづらい「ハッタリ」を選んだ。
**『同盟国ドイツからもたらされた、米国の恐るべき未来兵器』**という架空のインテリジェンスだ。
彼は、側近に「紙とペンだ。今すぐだ!」と怒鳴りつけると、執務机に向かい、猛烈な勢いで「未来の知識」を書き殴り始めた。
設計図ではない。イージス艦の開発プログラム部長として彼が書き慣れた、「要求仕様書」だ。
数分後。彼は汗だくの杉山と嶋田に、二枚の紙を突きつけた。
「これが、米国の『本当の力』だ。これに対抗できねば、日本は滅ぶ」
【一枚目:杉山(陸軍)へ】
* 脅威名:超重爆撃機『B-29』(仮称)
* 「高度一万メートルを飛行(※現行の零戦では到達不能)」
* 「与圧気密室(※高高度でも乗員が活動可能)」
* 「遠隔操作の機銃多数(※死角なし)」
* 対策(至急開発):
* 「高度一万五千メートルまで上昇可能な迎撃戦闘機」
* 「必須技術:排気タービン(ターボチャージャー)」
* 「敵機を200km手前で探知する『電探(レーダー)』網」
【二枚目:嶋田(海軍)へ】
* 脅威名:魔法の信管『VT信管』(仮称)
* 「砲弾が、航空機の“近く”を通過するだけで起爆する」
* 「(※これが実用化されれば、我が軍の航空機は全滅する)」
* 対策(至急開発):
* 「敵の電波を妨害する装置(※ジャミング)」
* 「我が軍も同様の信管を開発せよ」
* 「全艦艇への『射撃管制レーダー』の搭載。目視照準は即刻廃止」
二人は、その「仕様書」に書かれた、まるでSF小説のような兵器群を見て、顔面蒼白になった。
「そ、総理……排気タービン? でんたん? ジャミング……? ドイツの暗号ですかな?」
「知らん! だがドイツは、米国がこれを『2年以内』に実戦投入すると分析している! 貴様ら、陸軍だ海軍だと言い争っている場合か!」
坂上(東條)は、最後の、そして最も重要な一枚を、自分の懐にしまった。
そこには、こう書かれていた。
* 脅威名:新型爆弾(※ウラン使用)
* 「一発で都市(広島規模)が消滅」
* 「対策:仁科芳雄(理研)を呼べ。防護研究を開始」
* 「最悪の投下拠点:マリアナ諸島(サイパン・テニアン)」
* 「最終輸送手段:巡洋艦(インディアナポリス)」
「(……間に合わせる。祖父さん)」
彼は広島の地獄を知る者として、固く誓った。
「総理大臣命令だ!」
坂上(東條)は、二人に突きつける。
「これより『戦時技術開発本部』を総理直轄で設置する! 陸軍も海軍も、大学も民間の町工場も、すべての技術者を俺の直下に集めろ!」
「海軍は、戦艦『大和』『武蔵』の建造を即時中断!」
「なっ……!」嶋田が椅子から転げ落ちそうになる。
「『大和』の資材は、すべて『護衛艦(海防艦)』と『輸送船』に回せ! それから、ドイツが開発中だという『Uボート(潜水艦)』の技術を今すぐ入手しろ! あれで米国の西海岸を叩く!」
(※パナマ運河破壊(ウロボロス計画)の布石である)
「総理! ご乱心召されたか!」
「黙れッ!」
坂上(東條)は、21世紀のリアリストの目で、1941年の精神論者たちを睨みつけた。
「この戦争は、『大和』のような巨大な“的(まと)”が勝つのではない。兵站(ロジ)と技術(テクノロジー)が勝つんだ。俺が狂っているように見えるか? 結構だ。だが、この『ドイツの予言』通りにやれ。やらねば、二年後、帝都は火の海だ」
「……至急、技術研究所の伊藤庸二(いとう ようじ)中佐を呼べ。それから、『八木アンテナ』の八木秀次(やぎ ひでつぐ)博士もだ。今夜、俺が直々に詰問する」
呆然と立ち尽くす二人を残し、坂上は執務室を出た。
彼の「東條英機」としての、いや、「システム管理者・坂上真一」としての、破滅のOS(大日本帝国)をデバッグする戦いが、今、始まった。
まずい茶ではなく、猛烈にコーヒーが飲みたかった。
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