第30話:世界最悪④


――――魚釣島の北東。


北夕鮮の艦船が停まっている。


そして、北夕鮮軍の隊員達50人程が魚釣島に上陸している。




「――日ノ国の集団的自衛権は、発動しない」


この部隊のリーダーであり、爽やかな雰囲気をまとう青年・ヨハンが口を開く。


「日ノ国は、アメルカ国との安保条約を結んでいる。


故に、”日ノ国と本格的な戦争状態になったら、アメルカ国軍が日ノ国に加勢する” ……と、懸念しているかもしれない。」


事前に、この小隊の隊員たちには説明されている内容だ。


それを、再確認の意味で繰り返している。




ヨハンは続ける。


「だが、今のアメルカ大統領・ハイデンには――すでに話はついている……と、聞いている」


(まあ、ハイデンは痴呆症が かなり進行しているので、本人が話の内容を理解しているかは怪しい。


厳密には、”ハイデンの側近たち――の裏にいる、ハイデンを操っている者――に話はついている”


……と、いうべきか)




ヨハンの左手には、――龍泉剣。


全長は日ノ国刀と同等くらいだが、日ノ国刀の様な反りが無い――真っすぐな直刀。


――祖父の形見だ。




右手で、装飾が施された柄を握り――鞘から抜く。


龍泉剣の真っすぐに伸びた、腕の長さほどの刀身が姿を現す。


太陽光が、鏡面の様に磨き上げられた両刃に反射して、鋭く光る。


「――だから、皆。遠慮はいらない。


武器を存分に使ってくれ。皆の力を見せてくれ。」


隊員達は、直立不動でヨハンの言葉を受け止める。




「――日ノ国の隊員達にも、護るモノがあるだろう。


しかし、彼らは真実を知らない。真実を伝えようとしても理解できない。


彼らが悪いんじゃない。その様に洗脳している日ノ国が悪いんだ」


納刀しながら、ヨハンは やや伏し目がちになる。


「だから、彼らが生まれ変わり――そして僕らの仲間になれる様に、彼らを救ってやろう。


そのために、彼らの救われない人生を終わらせてあげるんだ」


数秒間、沈黙が流れる。




――ヨハンは、再び真っ直ぐに隊員達を見据えながら、幼少より幾度も繰り返してきた、大切なあの言葉を発する。


「全ては、総統の為に」






――――オウカとエレナは握り拳を合わせて、それぞれのペアと共に深い森の奥へと進んだ。


このペアにおける緊急を要する戦局の判断は、成績が相対的に優秀なオウカに託されている。




そして、オウカはカンナと共に、深い森の中を歩いている。


オウカが左側、その右側 数メートルほどの位置にカンナ。


武器は二人共、日ノ国刀と、(両手の手甲に挿した)棒手裏剣だ。


地面は傾斜になっており、左から右へと上り坂だ。


12のチームは、それぞれ120メートルほどの間隔を空けながら、東へと進んでいる。


120メートルとはいえ、深い森の中なので お互いの姿は木々に隠れてしまい、時折チラッと見えるくらいだ。




――小部隊が密集すると、敵に囲まれてしまう。


しかし、広がりすぎると それぞれが散り散りになってしまう。また、加勢に行くことも遅くなる。


従って、密集せず、広がりすぎず……を念頭に置いて進む。




互いの位置関係は、国衛隊の情報課によって把握されている。


その情報は、各隊員がARレンズを通した視界に自由に表示できる。


また、敵を視認して赤マーカーが表示された場合、その情報も情報課・各隊員にリアルタイムで伝わる。




オウカとカンナは、神経を張りつめながら進む。


一秒でも早く、敵を察知することが重要だ。


その一秒の間に、飛び道具――私たちが持っている棒手裏剣の様な武器が、飛んでくる可能性がある。




――森に突入してから50分程が経過。


カンナは、やや憔悴しょうすいしている様だ。


先程はエレナが機転を利かせたうえ、海岸を歩いた事で、カンナの過度な緊張は一旦収まった様に思えた。


……が! この深い森の中では、何処に敵が潜んでいるかわからない。


その事実への過度な恐怖心が、精神力を消耗させているのだろう。


これでは、実力はまともに出せないだろう。




――オウカは、察知した。


深い森の奥、前方 約200メートル以上離れているだろうか。


そこから、2人の人間がこちらに向かって接近してくる。




オウカは、カンナに視線を向ける。


カンナの呼吸が早まっている。


「――カンナ、大丈夫だ。訓練通りやれば」


言いながら、もっと良い言い方はできなかったか?……と自問自答した。


口下手な自分が、嫌になる。


「……あ、うん……」


カンナは、気の抜けた返事を返す。




オウカは、再び前方に視線を戻す。


前方より接近中の2名、そろそろ視界に入る頃だ――




カンナは、自分の身体が固く、重くなっているのを実感していた。


地に足がついていない様な、自分が自分じゃないような、自分という存在に実感を持てない……そんな感覚。


今日、人生が終わるかもしれない。


――こんなアタシが、立派な侍になれるのかな……?




――剣術系VTuber(バーチャルWe Tuber)斬子ちゃんの明日のライブ配信の内容は、久々ガッツリ学術だったな。


日ノ国刀の歴史を3時間に渡ってスライドで解説――いや、あのVTuberは、なんだかんだで5時間は話しそうだ。


話がドンドン膨らんで、脱線もしばしば。


だから、純粋に日ノ国刀について知りたい人は、”ムダ話が多い” とかコメント欄に書き込むけど、そんならムダ話が無い日ノ国刀解説チャンネルに行けや。


話の脱線も、楽しいコンテンツの内だ。


だからこそ、現時点で興味がない人にも、日ノ国刀の魅力を知ってもらえる――




がさっ、と草木が擦れる音がした。


現実逃避していたカンナの身体が、びくんっ、と跳ね上がる。


――眼前、50メートルよりやや遠い地点に、2人組。


男1人、女1人の敵は、こちらに気付き――、一気に身構えた。


その両手には、何も持っていない。


――視界に、敵の数と同数の――2つの赤マーカーが表示された。

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